京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」並松町には「熊野新宮神社」がある。明治16年明治政府調査の「丹波国何鹿郡神社明細帳」には所在地は本宮村、村社、梁行弐間半、桁行四間半、祭神は事斛男命と速玉男命と記されている。この神社は今の「大本」近くからこの並松町へ移されたものである。この神社の宮司様は当会「綾部の文化財を守る会」の初代会長で平成18年昇天されるまで出口榮二先生でありました。小生の現役時代の昭和47年「大本作品展」がフランスのパリ展、を初めとして、イギリス、オランダ、ベルギー、アメリカ、カナダ等の13ヶ所で開催されました。小生JTB海外旅行京都支店勤務で綾部出身と云うことで、作品見学の海外旅行の担当とし、京太郎先生、故総長の植村彰先生が大本の窓口で、毎日のように亀岡の天恩郷の本部へセールス及び打ち合わせに出かけ、パリ展では信者の方約200名バス5台でフランス、スイス、イタリア8日、ニューヨーク展では80名バス2台、サンフランシスコ展では80名バス2台を担当させて頂き、パリ展では出口直美様の詩舞に感動し、無事に展示会終了後には、天恩郷で当時の直日教主様より植村先生、先輩と小生の3名に「お抹茶」を頂いたこと生涯忘れません。現在の並松町の熊野新宮神社には本殿の石の鳥居に向かって左手に、(大本開祖初葵のお言葉 すみこ 「しみせんざんに こしおかけ うしとらのこんじん まもるとよ 碑石 鉢伏産 笠岐石」又、石の鳥居を越えた右手に出口王仁王聖師様の碑石がある。
碑文「神能(の)子の真心をうけて 拡めたる 御苑(みその)清(すがしも) 石の玉垣 苔生(む)して 神さび立てる ときわ木の松にしるけし 水無月の宮 (大正十年十月 王仁謹書)」である。
又、この神社の藤は綾部古木名木100選にはいっている。境内社は金毘羅神社、厄神社、蚕神社等がある
熊野新宮神社本殿(石の鳥居を含む)1
鳥居左手のすみこニ代教主謹書
鳥居を越えた右手の出口王仁ニ三郎聖師の碑文
次に右手の「恵比寿神社」大正時代の奉納の石灯篭1対ある
本殿正面その1
本殿正面その2
境内社の一つ「厄神社」
