2007/5/4

世界の霊山・弥仙山三社大祭その2  綾部の文化財

京都府綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)於与岐町(およぎちょう)には丹波富士と言われ、霊山の弥仙山(標高664M)がある。5月3日はこの弥仙山三社大祭と下の広場で若菜祭り開催された。これは続きの第2弾の投稿です。この弥仙山(みせんさん)の頂上には「金峰神社」があり、その創立年代は不詳なるも、推古天皇の白鳳年間・天武天皇の大宝年間、役の行者小角(えんのぎょうじゃおずの)が入山修行の道場跡、僧の行基の入山の事跡あり。明治政府調査の明治16年4月の「丹波国・何鹿郡神社明細帳」には住吉ヨリ1,400余年前ニ峯形綃不二山鎮座梁行1間半、桁行二間と記されている。又、上杉の施福寺(現存している、綾部の西国観音霊場を参照)、西照寺(古跡のみ)、口上林十根、東照寺(古跡のみ)等の開基は、弥仙山を奥の院とし、建立したもので、金峯山には釈迦・文殊・普賢の三尊を安置し、金峯山大権現と尊称し、女人禁制の山であった。この時代には、登山者は川で水禊をし白衣で登山参拝したと云う。登山口は丹波方面からは山家から山入り、次に東照寺・西照寺の仁王門は綾部の味方にあり、仁王田の名を残し、丹後方面からは池内村岸谷よりの道筋には堂守・蜂覆坊・鳥居の在る所を鳥居越え・塔のあるところを塔の尾・御子が担う御子が池の石垣があり、池内下村布敷きよりの、登山道には糸覆坊・高野寺向坊の古跡が確然と残るのを見れば、その時代の隆盛が理解できる。参考:滝花五郎氏文。次回第3回目で完了です。

祭礼終了後、続々登山参拝する人々(この日の参拝者には軍手1組もらえた。)
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頂上の金峰神社の直ぐ下の霊岩
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第1の霊岩「大岩」立6M30CM、横15M30CMに参拝する宮司様
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於成神社を参拝する人々
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於成神社を参拝される稲葉達夫宮司
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於成寺の古跡(於成神社の大部下あった寺)
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大本開祖修行の滝へ向かう所
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