2018/8/10

京丹波を見る!京丹波町和知の下粟野にある国の重要文化財指定の明隆寺観音堂!  文化財研修記

京都府船井郡京丹波町和知の下粟野には国の重要文化財指定の明隆寺(みょうりゅうじ)の観音堂は、室町時代後期の創建とされています。地元では一般的に大御堂の名で呼ばれています。観音堂は桁行五間、梁行五間、一重寄棟造りで鉄板仮葺きという大きな建物で、山の中腹で南向きに建ち、礎石は自然石が使われています。ご本尊は聖徳太子が自刻した三十余体の観音菩薩のうち丹波国に安置された一体で、この像を祀る霊場として当寺が開創されたと伝わります。その後衰退して、文明年間(1469〜1487)に再興されたものの再び荒廃し、天文8年(1539)に、修行僧の賀蔵主によって細谷から現在地に移されて再興されたのだそうです。そしてその後は地元の住民と、近くに建つ地蔵院によって護持されてきました。当初からお寺というよりも、辻堂のような「村のお堂」という性格のものだったようです。昔 当地では養蚕が盛んで、生産された糸は江戸時代和知糸の名で丹波特産と呼ばれるほど、良質の繭を産したそうです。観音堂の境内には宝暦13年(1763)建立の蚕の供養塔が建っています。

1.山の中腹に建つ明隆寺観音堂
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2.位置を変えて観音堂を見る!
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3.位置を変えて観音堂を見る!
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4.観音堂から石段参道を見下ろす!
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5.巨大な手水鉢
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6.宝暦13年(1763)建立の蚕の供養塔
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7.観音堂の扁額を見る!
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8.本尊木造観音菩薩立像は平安時代末期の聖徳太子の作と考えられている秘仏で、平成12年には60年に一度の一般開帳が行われました!
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9.本尊祀る須弥壇横の観音様は撮影できます!
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10.観音堂の屋根の獅子口
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