2018/5/25

京丹波を見る!円山応挙が小僧の時、修行した金剛寺(応挙寺)!  文化財研修記

京都府亀岡市曽我部町穴太宮垣内43には円山応挙が小僧時代に種業し、画家となった後、数点の画を残し応挙寺とも呼ばれる臨済宗天竜寺派の福寿山・金剛寺(こんごうじ)がある。本尊は釈迦牟尼仏で開基は高峰顕日(仏国国師)で創建は正応2年(1289)です。国の重要文化財の円山応挙障壁があります。江戸代を代表する画家円山応挙は、8歳から当寺で小僧として生活した。15歳のときに、画家の道を勧めていた住職玉堂の死を機に京都で絵を学ぶことになった。 応挙は画家として名を成後の天明8年(1788)に当寺に赴き、本堂6室の襖53幅と壁4面に「山水図」、「波濤図」、「群仙図」を描いた。この3作は現存し、国の重要文化財に指定されている。又、平成17年には、応挙が玉堂(第4世)を描いた水墨画の掛軸や書簡が当寺で発見されている。

1.金剛寺の標柱
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2.楼門
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3.楼門をアップで見る!(楼門に「金剛窟 朝鮮朴徳源(パクトクウォン)」の扁額がげられているのも、第 11 回目宝暦 14 年の通信使のメンバーであった朴徳源の書で、朴徳源は、朝鮮の書家一覧に名を列す大家で、如何なる理由で金剛寺に扁額が有るのかは想像の域を出ないが、「為日本国僊叟禅師」と刻まれていることから、金剛寺第 7 世の僊叟和尚が通信使の接待役に召集された時、通訳として随行していた朴徳源と親しくなり、直接一筆を要請したことが考えられる。)
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4.駒札
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5.楼門は亀岡市指定文化財です!
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6、楼門から本堂を見る!
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7.新しい本堂と十三重の石塔
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8.より詳しくは下記をクリックして見て下さい!
kongouji.net/

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