2018/5/3

京丹波を見る!昭和前期まで使用された産屋(うぶや)を持ち江戸時代綾部九鬼藩主が崇敬した大原神社!  綾部の文化財

大原神社(おおはらじんじゃ)は、京都府福知山市三和町大原にある神社で。参拝すれば、「天一位」とある御朱印を頂ける。 平安時代前期の仁寿2年(852)に創建されたという。御祭神は、伊邪那美命・天照大日霎命・月読命です。 南丹市美山町樫原大原谷の当社と同名の神社では、当社は樫原大原谷を分祀したものという由緒を伝えている。当社御朱印あるいは扁額にある「天一位」は自称だというが、やはり樫原大原谷の発祥だという。また、東京都中央区日本橋兜町の大原稲荷神社も「天一位」を称する。ともかく、創立以降、累代藩主の庇護を受け、公卿諸侯の尊崇を仰ぎ、とりわけ綾部藩主九鬼侯の崇敬が篤かったという。 現在の広壮な社殿は、江戸時代後期の寛政8年(1796)に再建されたもの。拝殿の唐破風の見事な「龍の丸堀り」柏原の中井権次正貞の作で天保3年(1831)のものです。古くから「大原志(おおばらざし)」と俳句の季語にも詠まれた当社は、この地方の安産信0仰をつかさどる神社として、多くの参詣者があった。 例祭は5月3日で、春季例大祭。宵宮が前日の2日にあり、神興渡御がある。 境内の、神前の清流近くに産屋(うぶや)が建ち昭和の初期まで、産婦が臨月を迎えると、ここに七日七夜篭り、出産に臨んだという。 当社の絵馬群は、丹波地方一の質、量を誇るとされ、府下で5位の古さとなる慶長4年(1599年)奉納「神馬図」や、元禄4年(1691)「平等院(宇治橋)図」などが現存する。 幕末の丹波地方の農耕の1年の様子を描いた「四季耕作図」は、当時の農業の有様を物語る貴重な資料の一つになっている。 また、伝説が記された巻物とともに残されている「蛇のひげ」と呼ばれるものが残されている。その昔、現在の蛇ケ谷の地域を荒らしていた化け物を、石粉主利助という者が退治した時、姿を現し逃げ出した竜が落としたものだという。


1.国道123号線から大原神社の全景を見る!
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2.5月3日(祝)の春季例大祭の幟がある周辺
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3.周辺の見所
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4.石段参道と大鳥居
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5.石灯籠と絵馬殿
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6.手水舎
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7.拝殿を見る!
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8.拝殿
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9.拝殿の中井権次正貞の見事な龍の丸彫り!
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10.駒札
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11.拝殿後部と本殿を見る!
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12.摂社火之神神社
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13.駒札
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14.餅撒きをされる林宮司様
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15.大正琴の奉納演奏
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16.現存する産屋
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