2018/3/6

京丹波を見る!2の8.船井郡一之宮で延喜式内社の摩気神社!  文化財研修記

京都府南丹市薗部町竹井宮ノ谷3には延喜式内社の摩気神社(まけじんじゃ)がある。南丹市園部町の最西端、胎金寺山の北麓に北面して鎮座する。宮本(鎮座地)である竹井集落を始め、篠山街道沿いに広がる周辺集落共通の氏神として近世以来「摩気郷十一ヶ村の総鎮守」と称されている。茅葺の覆屋内に鎮座する本殿・東摂社・西摂社は京都府指定文化財で、境内は京都府文化財環境保全地区に指定されている。その趣から、京都で撮影される時代劇のロケ地としてたびたび使用される。なお、社殿が北面する丹波地方唯一の神社としても知られる。祭神は大御饌津彦命 (おおみけつひこのみこと)、天児屋根命の御子神・天押雲根命の別称で、水や食物を司る神であるとしている。祭神については、大御気津姫命(おおみけつひめのみこと、大宜都比売神)と考証する異説もある[3]。また、神社名「マケ」は「御食(みけ)」から来たと考えられること、現行神事のお田植祭やお千度から農事に深く関わる神であることがわかることから、食物を主宰する食物神(御食津神[みけつかみ])であるとみられている(ただし、丹波道主尊を祀るとする説もあった)。なお、鎮座地の立地からかつては背後の胎金寺山を神体山とした可能性も指摘されている。近世では竹井村が篠田、摩気、上新江の3村に分かれていたように(上新江村は当神社祭礼に関する場合、更に今井、辻田の2村に分かれた[4])、他の集落も複数の村に分かれており、総鎮守とした村は都合19個村にも及んでいた(右表参照)。「十一ヶ村」の称には符合しないが、当社の氏子集落には別に村単位の氏神が合計11社あってそれらを当神社の末社として位置付けていた。そのことから、この場合の「十一ヶ村の総鎮守」とはその11社の上位に位する総氏神という意味である。また、「摩気郷」という郷名は史料に確認できないので地域的な通称と思われるが、祭祀圏が周辺村落に展開されていた点に極めて中世的な姿が認められることから中世に遡る広域名称であったことが想定できる。この地域が藩政時代にあって園部、亀山両藩に分かれながらも藩政の枠を超えて共同で祭祀を担当していたこともその一証とされる。(ウイキペデアより抜粋掲載)

1.摩気神社の鳥居と標柱
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2.大鳥居
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3.祭神ゆかりの御神泉
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4.アップで見る御神泉
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5.駒札(画像をクリックして頂くと拡大して読めます!)
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6.神門を見る!
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7.神門をアップで見る!
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8.神門から茅葺の拝殿、東摂社・西摂社(京都府指定文化財)を見る!
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9.御神水
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10.奉納絵馬が飾られている舞殿
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11.絵馬の一部
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12.阿形の狛犬
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13.吽形の狛犬
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14.丹波地方(兵庫県丹波を含む。)唯一の北面する拝殿、本殿、東摂社!
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15.本殿
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16.本殿をアップで見る!
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