2017/11/22

京丹波を見る!14.西国観音霊場第21番札所の穴太寺!  文化財研修記

京都市亀岡市で忘れてはならないのが、曽我部町(そがべちょう)穴太には西国観音霊場21番札所・天台宗の菩提山・穴太寺(あなおうじ)」がある。京都府指定文化財が多数あるので紹介します。宝徳2年(1450年)成立の『穴太寺観音縁起』によれば、慶雲2年(705年)、文武天皇の勅願により大伴古麻呂が開創したとされる。穴太寺の聖観音像は「身代わり観音」の伝説で知られ、この伝説が『今昔物語集』に取り上げられていることから、平安時代末期には観音霊場として当寺が知られていたことがわかる。『今昔物語集』所収の説話によると、昔、丹波国桑田郡の郡司をしていた男は、都の仏師に依頼して聖観音像を造り、仏師には褒美として自分の大切にしていた名馬を与えた。しかし、与えた名馬が惜しくなった男は、家来に命じて仏師を弓矢で射て殺してしまった。ところが、後で確認すると仏師は健在で、観音像の胸に矢が刺さっていた。改心した男は仏道を信じるようになったという。同様の説話は『扶桑略記』にもあるが、ここでは男の名が「宇治宮成」、仏師の名が「感世」とされている。

1.江戸時代中期再建の仁王門(京都府登録文化財)三間一戸の八脚門、入母屋造、本瓦で17世紀の中期頃の建立と思われるが、柱には改造痕跡が多く見られ、狩野永納が延宝4年(1676)に描いた「穴太寺観音縁起絵巻」にある楼門の古材を利用しての改築ではないかとも言われています。
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2.本堂「享保20年(1735)再建の京都府指定文化財」
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3.仁王門をくぐると右手に京都府登録文化財の鐘楼がある。方一間の四足、入母屋造、桟瓦です。
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4.京都府教育委員会の駒札
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5.多宝塔(府指定文化財)・三十三ヶ所観音堂で文化元年(1804)再建。三間の多宝塔で柱は全て円柱になり、切石積の基壇上に東面して建ちます。軒は下重に二間繁垂木、上重には二間扇垂木として変化をもたせ、東西南北に四神の彫刻をはめている。内部は四天柱が立ち来迎壁を設けて、禅宗様の須弥壇に釈迦如来と多宝如来の二仏を安置している。亀岡市で唯一の貴重な木造り塔です。その右手には三十三所観音堂です。
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6.多宝塔の手前が聖観音菩薩を祀る観音堂
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7.本堂内部には豪華絢爛の須弥檀(しゅみだん、仏壇のこと)があり、中央真中にご本尊薬師如来、左側に札所ご本尊聖観世音菩薩立像、右側に御前立札所本尊観世音菩薩立像の三尊が安置されていますが、全て秘仏で公開されていません。
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8.明治29年(1896)に本堂屋根裏からお出ましになった鎌倉時代の尊像で自分の病の箇所と尊像の同じ部分撫で自分の同じ箇所をさすり返すとお釈迦様のご利益を得て丈夫になるという「釈迦如来大涅槃像(等身大)」
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9.書院より「穴太寺庭園(京都府指定名勝)」を見る。
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10.穴太寺庭園その1.
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11.穴太寺庭園その2.築山の東部山すそより水が流れ出て、その前に岩山があり水分石となっている。築山の西部の池岸には舟付けがあって、その沖合いに向けて出舟の形式がとってあります。サツキの郡植は見事であり、センダン・クスノキ・ゴヨウ松の古木が散在して長閑な景色が広がります。書院から眺めると多宝塔が水面に姿を投影して、この庭園ならでの趣のある丹波の名園です。
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