2017/10/3

越後を見る!21.金比羅大権現を祀る金刀比羅神社!  文化財研修記

新潟市中央区寄合町4579には金比羅大権現を祀る金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)がある。新潟湊の現在の鎮座地で、廻船問屋を営む鈴木弥五左ェ門(やござえもん)は、平素より讃岐の国(香川県)の金刀比羅様を厚く信仰し、自らの持ち船にはその護摩札を守り神として納めていました。文政4年(1821)8月7日、弥五左ェ門の船の一つ「白山丸」は大坂港で荷物を積み入れ出港。途中、出雲の国大見崎港内(島根県大海崎)に立ち寄り、その月の14日に出航。新潟湊への帰路につきました。しかしその日の夕刻、突然の嵐となり、夜中の3時ころには船は沈没寸前となり、船頭の三平(弥五左ェ門の子)ら乗員・乗客14名は何とか船を持ちこたえさせようとしましたが、万策尽き最後は護摩札に祈るのみでした。全員死をも覚悟しましたが、まさにその時、天空に金色に輝く御幣をお持ちの金比羅大権現様があらわれ、あたりは白光に満ち、たちまち暴風雨は止みました。大権現様のお姿はすぐに見えなくなりましたが、金の御幣が船中に残されており、一同、助けていただいた感謝と喜びで涙しながら、天空を伏し拝みました。そして文政4年8月21日、「白山丸」は無事新潟湊へ帰港しました。その後、弥五左ェ門は金の御幣をお返ししようとし、またお礼参りとして、讃岐の国の金刀比羅宮を参拝。しかし金刀比羅宮の社掌(神主)の話では、本殿奥の5本ある金の御幣のうち1本だけが、いつの間にか紛失しており、不思議なことにその御幣が弥五左ェ門の持参した御幣であったことがわかりました。そこで社掌は、せっかく授かった有難い御幣であるから、持ち帰って新潟湊の守護としなさいといいました。これにより、新潟へ帰ったのち、お社を建て、その御幣を御神体として納め、大権現様をお祀りしました。以来、弥五左ェ門の子孫が代々宮司として、当社をお守りしています。(ホームページより抜粋)

1.朱の大鳥居
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2、見事な二の大鳥居
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3.同上 (金刀比羅神社狛犬(吽像)金刀比羅神社狛犬(阿像)鳥居の脇には明治二十七年の狛犬が置かれている。牡丹山の諏訪神社の狛犬に酷似している。  
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4.見事な摂社の戸隠神社!
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5.見事な拝殿!
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6.拝殿の上を見る!(上部に見えるのは,新潟市の文化財に指定されている「難船彫刻絵馬」)撮影上手くできません!
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7.拝殿内陣を見る!(金刀比羅神社拝殿内部拝殿内にも狛犬が置かれている。)
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