2017/10/1

越後を見る!20.日本唯一の廻る狛犬のある新潟市の湊稲荷神社!  文化財研修記

新潟市中央区稲荷町には日本唯一の回る狛犬のある湊稲荷神社(みなといなりじんじゃ)がある。新潟市有形民族文化財(第1号)にも指定された回る高麗犬のある神社で、道楽稲荷とも呼ばれています。古くから海運業者や漁業者や本町14番町にあった新潟遊郭で働く女性達の信仰を集めた神社でもあります。ご祭神は倉稲魂神(宇迦之御魂神)を主祭神とし、大己貴神、大宮能売神、保食神、太田神の四柱を合祀しています。享保元年(1716)前川三城が神託により出羽国米沢より現在の地に遷座し建立した。新潟沖を通る船は湊稲荷神社の森を目的に航路を進め、入港しては海上安全、船運長久を祈願する神社として、海運業者、漁業者の信仰を集めたといわれる。高麗犬像ですが、 現在の三代目高麗犬は平成7年4月16日に、2代目高麗犬にかわり安置されたものです。初代の高麗犬は願いがかなわなかったということから、神社の前にあった川堀に投げ込まれてしまい見つからなかったそうです。2代目の高麗犬はその後(寛永7年)作り替えられたものですが、長い歳月風雨にさらされたのと願掛けの回転の為損傷が激しかったため、現在はケースに納められ拝殿に安置されています。和船の出入りで新潟港がにぎわっていたころ、港に入る船の船乗りは花柳界に遊び、その夜、遊女に送られて船に帰るのが新潟の風俗であった。遊女たちは、毎夜船乗りが遊びに来てくれることを願い、なによりも港に入っている船が出帆し、船乗りが行ってしまうことを恐れた。船の出帆を押さえ、新潟の港に船止めするには西風に吹いてもらいたい。遊女たちのこんな願望が湊稲荷の高麗犬に願を懸ける風俗をうんだと言う。遊女たちは、夜中、ひそかに油揚げを持って、湊稲荷神社に行き、社頭の高麗犬の頭を西の方に向け、西風が吹いて港口が荒れ、海がしけて船が出帆できず、船乗りが夜ふたたび遊びに来てくれることを祈った諭旨。この風俗が、いつから行なわれるようになったかは不明であるが天保14年(1843)の新潟市中風俗書によれば、2・3度だまされたと俗謡にうたわれている道楽稲荷という通称の起こりも、この遊女たちの願掛けの習俗からきていることは明らかである。(以上は昭和54年度新潟市文化財審査資料より抜粋)したものです。江戸時代に歌われた新潟甚句の歌詞の一節にこの歌があり、石碑にき刻まれ、拝殿右にたてられている。なお歌詞の中の「だまされた」とは往古神社の洞穴に棲息した狐と、遊女の仇情にほだされ二度三度と通った船乗りたちの自嘲の念との双方がかけられているのであろう。当社「願掛け高麗犬」は往古より遊女の祈願は勿論のこと、さまざまな願いをかけて、信者の方々が回してきた高麗犬であります。伝承によれば男の方は右の高麗犬、女の人は左の高麗犬を、願意(ねがいごと)を心にねんじながら回し、諸願成就を祈願したといわれております。

1.JR弥彦駅から新潟平野を通りJR新潟市へ向かう!12時50分発13時52分着でした。
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2.JR新潟駅
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3.新潟駅前の宿泊ホテルに荷物を預けて、新潟駅前中央区の湊稲荷神社へ向かう!徒歩でも結構時間がかかった!漸く到着だ!
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4.湊稲荷神社を正面から見る!
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5.駒札と手水舎
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6.見事なご神水の流れ池
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7.見事な舞殿!
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8.願掛け高麗狛犬の駒札
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9.三代目の願掛け高麗狛犬
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10.願掛け高麗狛犬の碑文
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11.拝殿
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12.拝殿をアップで見る!
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13.境内社となった豊光稲荷神社の駒札
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14、豊光稲荷神社
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