2017/9/1

越後を見る!5.徳川四天王の一人榊原康政公を祀る榊神社!  文化財研修記

新潟県上越市大手町の高田城は松平忠輝公改易後、多くの藩主が入れ替わったが寛保2年(1742)徳川四天王の一人榊原康政の後裔・政純が入府して以来、幕末・明治維新まで続いた。この神社は明治4年廃藩置県が実施され、高田藩有志等が藩祖康政公を祀る神社設立を思い立ち、広く領内より募金、明治8年12月社名を榊神社として認可され、同9年1月城外大手前、元藩主別邸跡ー対面所(現在地)に社殿を建立、神宝に康政公の鎧、兜、刀剣を保存、明治39年10月8日県社に昇格、以後3代忠次公、11代政令公、14代政敬公も3名君を合祀現在に至る。御祭神は康政公・・・井伊、本多、酒井の三家と共に徳川四天王と称された。忠次公・・・二代康勝若年にして急死したため、康勝の甥にあたる大須賀忠次を養子に迎える。政令公・・・榊原十一代の藩主。高田藩の財政の立直し、尚武の風を鼓し、開拓開墾に意を注ぎ、稲荷中江用水、笹ケ峰新田の開農等殖産興業に大きな足跡を遺し、また東條琴台等の学者を招き学問の奨励にも尽くした名君である。

1.榊神社
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2.同上 駒札
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3.見事な手水舎
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4.二の鳥居
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5.見事な拝殿
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6.拝殿内
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7.拝殿後部と本殿を見る!
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