2017/8/12

遠州浜松を見る!25.遠州浜松の曹洞宗の古刹で三方ヶ原の戦いで炎上した普済寺!  文化財研修記

浜松市中区広沢町1丁目2−には曹洞宗の古刹で三方ヶ原の合戦で戦略上、炎上した普済寺(ふさいじ)は、広沢山(こうたくさん)と号する曹洞宗の寺です。15世紀のはじめ、寒厳義尹(かんがんぎいん)が開山、その後、肥後国(熊本県)大慈寺からきた華蔵義曇(けぞうぎどん)が寒厳禅師の遺志を継ぎ、東海の禅堂としてこの地に普済寺を建立しました。教派は13派(465ヶ寺)を数え、華蔵和尚によって浜松地方に禅宗が広められました。普済寺の本尊は釈迦牟尼佛です。普済寺は古くから由緒ある寺として徳川氏の保護をうけ、家康も客殿を寄進しました。その普済寺は三方ヶ原合戦当時、浜松城が炎上したかのように見せかけるため、戦略上家康の命令で火が放たれました。天正10年(1582)に七堂伽藍が再建されましたが、明治30年(1897)火災に遭い、その建物も昭和20年(1945)戦災を被りました。しかし、その後昭和39年に再建されました。境内には北山稲荷神社をまつっています。ところで、日本三大稲荷の一つに数えられている愛知県豊川市の豊川稲荷は、浜松普済寺の末寺になります。日本三大稲荷とは、伏見稲荷大社(京都市)、祐徳稲荷神社(佐賀県)、そして豊川稲荷(愛知県)の3社です。

1.普済寺山門
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2.普済寺の旧山門
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3.本堂
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4.北山稲荷社
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