2017/4/9

京都を見る!17.明治天皇が始めて臣下の見舞いに行幸した「木戸孝允旧邸」!  文化財研修記

京都市中京区土手町通川上る末丸町284には明治天皇が始めて臣下の見舞いに行幸した「木戸孝允旧邸」がある。京都市の駒札によると「木戸孝允は長州藩出身の明治維新の政治家。天保4年(18333)生まれ、桂小五郎とも称し、のち木戸姓に改める。吉田松陰の門下生で、西郷隆盛、大久保利通らとともに尊王攘夷、討幕運動に指導的役割を果たした。文久年間から慶応年間の京都の政局は主導権をめぐり激しく動いていた。その中心は朝廷であり御所を核に公卿屋敷が政治の拠点でもあった。この木戸旧邸は、その拠点の一隅に位置し、近衛家の下屋敷を譲り受けて別邸となしたもので木造二階建であった。 明治10年(1877)5月19日、病気療養中の木戸に明治天皇の行幸があったが、同月26日薨去、享年44歳であった。 妻、松子は尊攘運動のころ、木戸を庇護した芸者幾松であったことは有名である。夫妻の墓は東山の霊山墓地にある。又,パンフレットによるとこの敷地には木戸孝允の養子で、地質学を専攻し、明治31年に東京大学を卒業後、南満州鉄道が経営する鉄鉱山の地質学研究所に所属しした。明治42年大連にて「だるま」を購入したのを機に、日本の「起き上がりだるま」との関連性に興味を持ち達磨の収集を初めて、明治末から昭和の初めに収集した起き上がりだるまを初め、玩具、日用品、書画など「だるま」に関連するものを数万点展示している「達磨堂」は日本最大級である。

1.旅館石長前の碑文
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2.京都市職員会館「かもがわ」前の碑文
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3.2階建ての「木戸孝允旧邸」と碑文
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4.2階建ての木戸孝允旧邸(内部には入れないが、昭和18年この建物と庭園の一部は国史跡に指定された。)
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5.国史跡の庭園の一部
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6.駒札
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7.達磨堂(かもがわの職員に依頼して開けて貰った。手配して頂いたブログ仲間に感謝します。)
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8.日本最大級のコレクションに感嘆!
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9.見事なだるまの墨絵
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10.見学料は無料ですが、京都市職員会館「かもがわ」電話:0120−82−5252で
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