2007/1/4

京都逍遥2日間12.臨済宗大本山大徳寺1.  文化財研修記

ホテル松井08:30ーー徒歩5分ーー四条高倉バス停NO。12(38分220円)ーー臨済宗大本山大徳寺前下車。開山は宗峰妙超「しょうほうみょうちょう・大燈国師(だいとうこくし)1282−1337」で播磨の出身で浦上一国の子で赤松則村の姉が母と云う。浦上家の家老が例の黒田長政である。寺は応仁の乱で消失、15世紀に一休禅師が復興した臨済宗大徳寺派の大本山である。従って、後小松天皇の子であった一休禅師の終焉の地、京田辺市にある酬恩庵は由緒寺院として有名であり、墓所は宮内庁管轄である。三大唐門は豊国神社、西本願寺、そしてこの大徳寺と云われているが今回撮り漏れしてしまった。又、今年度中に紹介したいと考えています。国宝の唐門、方丈、重文の法堂、勅旨門や塔頭(たっちゅう)21が並ぶ大寺院はのこれらはほとんど戦国武将の寄進である。重文の山門は、楼上に千利休の木像を置いたことで豊臣秀吉の逆鱗にふれ、利休が切腹を命じられたことで知られている。堂内、庭園は特別な時のみ公開。一般公開されている、竜源院、高桐院、瑞峰院の内と大仙院がある。この内の「枯山水庭園と国宝方丈」を持つ「大仙院」を次回紹介します。

山門(国重文、利休の木像を置き、豊臣秀吉の逆鱗にふれ木像は三条河原で磔。金毛閣とも呼ばれている。)
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巨大な古木と仏殿(国重文)
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石田三成の墓のある塔頭「三玄院」
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塔頭「真珠庵(しんじゅあん)」一休宗純の開祖で特別な日のみ公開
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塔頭「芳春院」は加賀100万石前田利家の妻、芳春院が慶長13年(1608)に創建。
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塔頭「枯山水庭園の大仙院」への道
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