2006/11/18

綾部九鬼藩主の菩提寺と文化財  綾部の文化財

「花と綾部の文化財シリーズ第61回目」の記念すべき投稿であり、小生の綾部中・高等学校で同級生であり、惜しくも平成12年2月57歳の若さで亡くなった故・姫坂隆義先代住職を偲び「臨済宗妙心寺派・隆興寺(りゅうこうじ)」に決めた。
京都府綾部市「もと何鹿郡(いかるがぐん)」神宮寺町上藤山2番地にあるこの臨済宗・妙心寺派の「瑞應山 隆興寺」は歌に「慈悲の目に にくしと おもうものはなし とがあるものは あわれまします」歌われている。江戸時代には、綾部九鬼藩の菩提寺であり、初代藩主九鬼隆季(くきたかすえ)が寛永10年(1633)幕府はあくまで新規に徳川家光が贈ったことで2万石で入部したこととした。しかし実際は、隆季が綾部に来てから、同母弟の隆重(たかしげ)に福知山市の飛地、現在の三岳にある500石をを与え、旗本として独立させておりますので綾部藩は19,500石となります。(大阪府三田市に同族の三田九鬼家3万6千石がありますが、これを説明すると論文になりますので下記をクリックして見てください。)隆季の墓はここになく鳥羽にあります。初代隆季公から第10代隆備(たかとも)で明治を迎え、子爵になります。この綾部九鬼藩主は現在も子孫が和歌山の世界文化遺産登録の熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)の宮司家とし存続し、先代の宮司様のお墓はこの「九鬼家の墓地」にあります。往時は綾部九鬼藩の菩提寺として、藩内に臨済宗末寺数ヶ所を持ち、寺門隆盛を極めておりました。今はご本尊を「釈迦如来」とし、綾部西国観音霊場第2番札所で、33ヶ寺の内唯一「馬頭観音」様をお祀りしています。又、大正始めのスペイン風邪による病没者ののために西国33ヶ寺の石仏も祀られております。寺宝であった九鬼家系図は今の和歌山県「熊野本宮大社」へ貸し出し中です。綾部西国観音霊場第2番札所であるこの隆興寺はご本尊は「釈迦如来」そして33ヶ寺と番外6寺のうち唯一の「馬頭観音」様が札所で、通常は馬の顔を胴体が人間のお姿のもありますが、当寺のは違います。次の写真を見て下さい。

美しい境内(入り口)春の白・紫の藤のコントラストも素晴らしい。
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美しい紅葉の庭と観音堂(本堂)が見える。無料駐車場は寺院前の上あります。山門前は駐車できません。志納料をお供えすることにより、檀家以外でも馬頭観音像が拝見できます。
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ご本尊「釈迦如来像」とその前が「馬頭観音像」
後ろのご本尊「釈迦如来像」
ご本尊前の「馬頭観音像」
仏像の写真の掲載は諸般の事情により中止になりました。悪しからずご容赦下さい。
参拝の方はご住職に依頼され、許可の元、拝観することができます。

綾部九鬼藩主の歴代の墓(初代は鳥羽にある。詳細は下記をクリック願います。)
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大正始めのスペイン風邪で多数の方々が亡くなられ、その供養として建てられた、西国33ヶ寺の石仏の一つ。
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平成16年11月30日(金)当会創立35周年記念講演「綾部史談会長・山崎巖先生」の講演文他。
http://www.ayabun.net/35nen/kinen/kinen.htm
http://www.ayabun.net/35nen/kuki/kukisiryo.htm
http://www.ayabun.net/minzoku/sanda/sanda.html



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