2006/11/4

第47代総理大臣芦田均先生は本来なら綾部人である。  文化財研修記

10月22日(日)に京都府福知山市にて第44回両丹地方史研究会に参加した事は、以前掲載した。その時、小生の所属の「綾部史談会」で古文書を読む指導をして頂いている村岡敬公(ひろまさ)先生が山家谷藩の滋賀郷(綾部市のしがさと)大庄屋へ芦田鹿之助の弟(芦田均元総理大臣んの叔父)が養子に入り、後、グンゼ三代目遠藤三郎兵衛となった。その芦田均元総理大臣の実家は福知山市字宮36番地で平成14年5月18日この地に「芦田均記念館」建設、オープンした。江戸時代はこの宮村は綾部九鬼藩の山裏組と称する所であって、その父、鹿之助は綾部九鬼藩宮村の大庄屋でもあった。芦田均元総理大臣は精錬潔白で、政治資金を上手く集めることが出来ず、綾部の叔父の遠藤三郎兵衛氏に3度も政治資金の依頼文を書いているのを、小生自身読んでいる。その証拠に末娘・るり子を遠藤家の養女として幼少の頃から出し、遠藤るり子は滋賀小学校をでているので家族の写真には入っていない。るり子さんは大蔵官僚と結婚され、横浜に居住、4年前に亡くなられ、息子さんは綾部に余り縁がないが、土蔵の内部の文書等全て綾部市に寄贈され、現在、毎水曜日、綾部史談会々員10余名が読んでいる次第ですが、何しろ数千点もあり、面白く珍しいのは文化文政期から明治にかけて約240通もの女性の手紙があり、この点について村岡先生は発表された。小生3度目の訪問となるがこの「福知山市芦田均記念館」を訪れ、写真を取らせて頂けたので掲載します。入場料無料、バス乗用車も無料の駐車場があり、火曜日は休館で午前9時から5時閉館です。何時も思うのだが、当館オープンの時の元総理大臣中曽根氏のお祝いのことば(要旨)−(一部略)マッカーサー指令部から示された憲法原案、特に第九条一項について、日本国権の発動たる戦争と国際紛争を解決する手段として戦争をしないことを約束された。(一部略)これは間違いであり、これを修正することを決めて衆・参議員をまとめてマッカーサー指令部へ申し入れ実現したのは芦田憲法改正委員長でありました。(一部略)自衛権は法律以前の問題で人間として存在する以上基本的人権として認められるものである。(一部略)国会で議論され、芦田先生がまとめられて「第二項の冒頭に、前項の目的を達成するために」という言葉を入れた。つまり自衛隊は認めるんだと、そういうことを前項の目的を達成する意味を込めてマッカーサー指令部に認めさせた。(一部略)以下,小生の意見です。その御蔭で今日の日本があり、いよいよ本格的に憲法を改正、集団自衛権を認め、北朝鮮に対しても小生は核持込は認めるべきだと思慮する。

福知山市芦田均記念館
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記念館内部1.
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記念館内部2.
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実家の本屋は明治に焼ける前の画(今は資料館)
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素晴らしい庭が見れる。
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叙勲記念碑
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