2006/6/24

延喜式内社・高蔵神社と諏訪神社  綾部の文化財

今回は、京都府総合資料館(京都市北区)には明治初期より初めて明治10年(1877)6月に京都府管内の延喜式内社を確定し,その所有している書物は「延喜式内並国史見在神社考証(えんきしきないしゃならびにこくしけんざいじんじゃこうしょう)」と云い、綾部市(元、何鹿郡いかるがぐん)では12の式内社があり、最近では、当会の会報で綾部市吉美地区の高倉町の「高倉神社」、西八田地区の中筋町の「島萬神社(しままじんじゃ)を紹介しました。今回は綾部市(物部地区の)西坂町の式内社「高蔵神社とその末社の諏訪神社」を紹介します。尚、京都府総合資料館では38年前に当会を結成した会報「綾部の文化財第1号」から現在までのものがそろっています。
 ぎょ!!小生は綾部市史上巻で何鹿郡(いかるがぐん・現、綾部市)の延喜式内社は12と読んでいたが、この「神社考証」には五区栗村の「佐陀神社両殿之図」と第五区東栗村の「佐陀神社図」とまったく違った二つの図が掲載されている。再度調査しますが、2ヶ所に在ったものと思われる。

高蔵神社の「手水舎」は当会理事の泉美千代さんを含めた8名の献納が明記されています。
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高蔵神社正面
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高蔵神社の「流造」(切妻・平入り)
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京都府総合資料館所蔵の明治の「高蔵神社境内等」
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諏訪神社由緒縁起
 京都府綾部市(物部地区)西坂町にあるこの「諏訪神社」は源頼朝の命で建久4年(1193)に信州上田城主の上原右ェ門丞景正が丹波の国何鹿郡(いかるがぐん)の地頭職に任ぜられ、物部町高尾に城郭を築き、信州一ノ宮・諏訪明神の分霊を祀ってこの「諏訪神社」を建立。何鹿郡では「地頭職」の名前はこの上原氏のみ判明している。御祭神は「建御名富神と姫神八坂刀売神」であり、境内社は稲荷神社もあり、十月十七日の秋祭りには「高蔵神社の神輿」が立ち寄り、宮司、自治会長等が参拝する。

諏訪神社
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