2012/10/17

綾部人の見た鎌倉・横浜の文化財・史址第27回阪東三十三観音第4番札所で花の寺の長谷寺!1.  文化財研修記

 寺伝によると、養老5年 (721) に徳道上人により観音像が造られ、16年後にこれをこの地にお祀りしたのが始まりとされています。 徳道上人は徳が高い僧で、立派な観音様を造りたいと願っていたところ、楠の霊木に出会いましたので、2人の仏師に託し2体が造られました。1体は大和の長谷寺に本尊として祀られ、他方は有縁の土地での衆生の救済を願い、海に奉じられました。
それから16年の年月を経て、天平8年(736)、現在の横須賀市長井に顕れました。このことを耳にした聖武天皇は、藤原鎌足の孫、房前 (681-739) を遣わし、この地に宇堂を建立、観音様を祀り、房前を開基、徳道上人を開山として創建されました。
一方、資料としては、市内有数である梵鐘に文永元年 (1264) の年号があることや、銅造懸仏(国指定文化財)、大きな鰐口 (県指定)、背の高い板碑 (市指定) などから、鎌倉時代には大規模な寺院であったと考えられています。
徳川家康などの支援もあり、江戸時代には、庶民の信仰のお寺として、関東三十三か所観音霊場めぐり (杉本寺を出発点とし、逗子の岩殿寺、大町の安養院、そして4番目) の霊場として栄えました。
また、この地を舞台に、多くの文学・歌舞伎・浄瑠璃が創られました。明治以降も文学者・文化人の活躍の場として知られ、現在に至っています。

1.長谷寺入口(右の木はタブの古巨木です。)
クリックすると元のサイズで表示します

2.山門(正面の門を古木の松が覆っています。)
クリックすると元のサイズで表示します

3.長谷寺駒札
クリックすると元のサイズで表示します

4.入山口から入るともう其処は見事な庭園です!
クリックすると元のサイズで表示します

5.下記をクリックして、妙遲池など庭園を「音声付動画」で見て下さい!
http://youtu.be/DtMGMa0AG2w


6.ふれ愛観音様です。触れられてぴかぴか!
クリックすると元のサイズで表示します

7.明治以降も多くの文学者が滞在などをしたお寺で、之は高山樗牛の住居碑です!
クリックすると元のサイズで表示します


8.長谷寺境内図
クリックすると元のサイズで表示します

9.見事な二段目のお庭です!
クリックすると元のサイズで表示します

10.下記をクリックして、放生池などのお庭を「音声付動画」でこの庭園を見て下さい。
http://youtu.be/9nCDmRXf7S0

11.可愛いお地蔵様で思わず「パチリ」
クリックすると元のサイズで表示します

綾部の文化財を応援して下さる方は、記事の下にある「FC2ブログ・ランキング」をクリック願います!
fc2歴史ランキング 



コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ