2012/8/24

長岡京市の文化財・史址を見る!2.浄土門根元地・西山浄土宗総本山「光明寺」2!  文化財研修記

 京都府長岡京市粟生(あお)西条ノ内26には小塩山の支峰鳥ヶ嶽の山麓に西山浄土宗総本山・浄土門根元地の光明寺がある。京都東山の金戒光明寺と区別するため粟生(あお)光明寺とも呼ばれている。この粟生(あお)の里で法然上人が始めて「お念仏」の教えを説かれたところです。当山の開山第一世は法然上人ですが、建久9年(1198)の創建に尽力を尽くしたのは一の谷の合戦でや「平家物語」、謡曲「敦盛」で有名な熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)が無常を感じ法然を師として仏門に入って、熊谷蓮生法師として、念仏一筋に暮らした「念仏三昧院(なんぶつさんまいいん)」こそが光明寺の前身です。
 HPを開始する以前に「紅葉の西山」は有名でその時訪れていますが、春の参拝は始めてであり、綾部市文化協会々員の研修旅行でこの度、再度訪れました。
 長岡京市のボランテアガイドさんの詳しい説明があり、感謝いたします。

1.阿弥陀堂(本堂)を参拝して、その右にある阿弥陀三尊を祀る「阿弥陀堂」寛政11年(1799)に再建された総ケヤキ造りのお堂。
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2.ご本尊の阿弥陀如来像は6尺7寸(約2メートル)以上ある大きな像ですが、熊谷蓮生法師が琵琶湖畔の堅田の浮御堂から背負って来たという言い伝えがあります。
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3.阿弥陀堂前の大木・無志子(むくろじ)の駒札
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4.同上
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5.保存木(モミの大木)の駒札
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6.同上
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7.この上に法然上人の御本廟があります。法然上人が亡くなられて15年、お弟子によって念仏の教えは広がり、他宗のものが良く思わず、法然上人の墓を暴こうとした時、法然上人の弟子達によってこの粟生の地へ移され、荼毘にしてご遺骸を安置しているのがこの御本廟です。
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8.御影堂と阿弥陀堂との間から勢至堂への廊下が見えます!
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9.御影堂から名園・信楽庭と釈迦堂への廊下
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10.御影堂から石段を降りると勅使門・玄関・大書院等へ行けます。
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11.勅使門(この内庭は名園・信楽庭ですが一般に公開されていません。)
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12.玄関・大書院・小書院・釈迦堂へ
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13.玄関前の巨木の柏槙(びやくしん)の駒札
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14.同上 柏槙(びやくしん)
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15.薬医門(ここから外の参道をもみじ参道と呼び11月末には見事な紅葉の参道となります。
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