2012/7/11

信長・光秀 丹波・戦国無情(里見さまご投稿)  文化財研修記

 丹波(兵庫県、京都府)・丹後(京都府)の山々を歩けば、信長や光秀の影を見る(戦国の山城・砦が多い)。

 ◎光秀(信長軍)の丹波攻めには伝承される悲話が多い。 丹波篠山(兵庫県)・八上城(波多野一族)の兵糧攻め(井上靖の「戦国無頼」の終盤舞台)。人質・光秀母の「はりつけ」。 丹波春日(兵庫県)の黒井城(赤井一族)の攻防(一度は、光秀を敗走させた。)…などなど

 ◎光秀の重臣・斉藤利三(1580年前後、春日に居た)の娘・福(後の「春日の局」)の誕生が救いだ。 (今、八上城祉は高城山、黒井城址は猪ノ口山と呼ばれている。)

 ◎光秀は在地で善政を行っている。光秀を偲ぶ町もある。亀岡の「桔梗まつり」。福知山の「福知山音頭」(あけーちみつひで、丹波を広め、ひろーめー丹波の福知山、ドッコイセ、ドッコイセ)や「お城まつり」。

 ◎光秀の娘・細川ガラシャは、丹後(京丹後市弥栄町)の味土野(金剛童子山の中腹)に「幽閉」されていた。今は、集団離村などで、数軒が残る寂しい集落になっている(記念碑に、明治時代には60余軒あった、と記されていた)。

 織田家ゆかりの柏原(兵庫県丹波市)へ下った事がある。日本一低い分水界・水分公園(谷中分水界)から、向山連山を蛙子峰まで歩き、棚原峠を経由し、柏原へ下った。 ガサツな山行であるが、柏原歴史民俗資料館で、信長死後の織田家に触れる事ができた。

 写真は、2回の山行を混ぜている。
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 日本一低い分水界(谷中分水界)この平地(水路)で水は日本海と瀬戸内海に分かれる。

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 向山連山から黒井城址(猪ノ口山)を展望。右が猪ノ口山(麓に興禅寺がある)
その左は千丈寺山。手前の黄色い花は、ヒカゲツツジ。
 ヒカゲツツジは丹波の山々に群生するが、ここが一番だと思う。この花を丹波の地侍も見たに違いない(向山は狼煙砦だったという)

 春日は岐阜や尾張の平野には及ばない盆地で、地力で明らかに劣っている。
 五台山から五大山・三日月山を経、黒井城址(興禅寺)まで至る縦走コースがある(「氷上高年低山会」が熱心に整備されている。感謝)

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 柏原織田の家系図である(柏原民族資料館のパンフ)。
 信長死後の織田家の一端を知る事が出来た。兵庫丹波の柏原藩が、京都丹波の何鹿郡(いかるがぐん=綾部市)などに飛び領地を持っていた。

「高槻村、位田村、坊河内村、西方村、物部村、志賀村、小畑新庄村、報恩寺村内
 高2657石1枓9升3合」と展示されていた。表示の村々で、今日まで伝承されている事と思う。

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里見さまご夫妻の登山マップを送っていただきました。詳細は省略しました(HP委員会)

向山連山周回コース(珪石山)。蛙子峰から足を延ばし棚原峠経由で柏原へ下りるコース。
狸穴名水・鴨内峠から五台山・小野寺山・鷹取山・美和峠・愛宕山・五大山・三日月山・ヨコガワ峰・千丈寺山・兵主峠・黒井城址・興禅寺を縦走するコースがある。

<関連記事>
柏原歴史・民俗資料館・栢原藩陣屋跡(国指定史跡)・田ステ女記念館
 http://www.ayabun.net/minzoku/kaibara/kaibara.html
春日局生誕地の興禅寺と国史跡・黒井城跡など
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/315.html 
 http://www.nbcayabe.com/arctpx/kasuga/KASUGA.HTM
 http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/977.html
ヒカゲツツジ 向山連山 
 http://www.nbcayabe.com//hana/hikage/hikabe.html

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