2012/5/28

京都の特別展を見る!8.(最終回)後白河法皇御所聖跡・法住寺と法住寺陵!  文化財研修記

三十三間堂、そして其の南側の養源院の更に隣には、天台宗の法住寺がある。法住寺は時の太政大臣藤原為光が寛和元年(985)の6月になくなられた夫人と7月に亡くなられた娘の忯子(しし、第65代花山天皇女御)の死を悼んで建立した寺で、長元5年(1031)末に焼失した。その後へ後白河天皇が後院として法住寺殿を造営し、永暦2年(1161)に移り住み後白河院政の拠点となった。七条大路を挟んで大和大路以東、約400メートル四方の広大さであった。後白川院は治承元年(1177)五重塔を建立した。翌年平清盛が法住寺殿を襲い、院政を停止し、鳥羽離宮に幽閉した。次いで寿永2年(1183)木曽義仲が焼き討ちした後、源頼朝が再興、建久3年(1192)一堂を建立して丈六の阿弥陀三尊を安置した。同年3月13日、後白河法皇は66歳にてに崩御され、115日に法住寺殿の法華堂に葬られた。法住寺陵(みささぎ)は本堂を出て北隣の路地の道から入って参拝できます。
 又、10月第二日曜日午後3時から「日本今様謌舞楽会」による後白河法皇が愛した「今様歌合せ」があります。11月15日にある「身代不動尊大祭」も有名です。

1.法住寺の現在の山門
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2.山門の南には旧御所正門で法住寺殿の龍宮門がある。
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3.龍宮門から見る本堂
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4.厳島弁財天と豊川ダ枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)を祀るお堂
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5.本堂に向って左側には六地蔵菩薩を祀る手水舎がある。
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6.身代り不動明王を祀る本堂(春・秋の特別公開時には本堂内に入って、身代わり不動明王、親鸞上人御作阿弥陀如来像、親鸞上人そば喰いの御象が拝観できますが、写真撮影は禁止でした。
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7.本堂前のお庭
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8.法住寺の北隣の細い路地の奥には「後白河法皇法住寺陵」があります。
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9.同上
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10.同上 アップした陵(みささぎ)
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