2006/5/29

君尾山・光明寺の文化財  綾部の文化財

5月29日(月)上林の姉を所要で迎えに行く事になっていたが、早く目が覚めたので久し振りに「綾部観音霊場第33番・君尾山 光明寺(真言宗醍醐派)は京都府北部で唯一の国宝の威容を誇る建造物「二王門」を持つ。」に参拝撮影行って来ました。その歴史は深く聖徳太子の勅願で推古七年(599年)に建立された。その後、修験道の祖である「役の行者(えんのぎょうじゃ)」弘法大師の孫弟子にあたる聖宝理源大師らが、この地で修行し、光明寺は修験道の一大道場とし栄え、山上、山下に72坊を有する巨刹であったという。
 この寺は檀家が無く、今の住職・楳林誠雄師(ばいりんせいゆう)ご夫婦は大変なご苦労です。冬は積雪のため山下で下宿生活です。
 本堂の「千手観世音菩薩」様は秘仏で33年に一日のみご開帳です。(写真不可)今、本堂の裏山の「栃の木」は真っ白な花を咲き誇っていますが、国宝・二王門に向かって左手側の「栃の木」が三分咲きで、間もなく真っ白な花が咲きます。


http://www.ayabun.net/kaiho/57/koumyouji.htm

国宝・二王門「仁治3年(1242年12月着工)建長5年(1253年5月竣工)の墨書あり。
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http://www.ayabun.net/kaiho/57/koumyouji.htm

府指定・光明寺本堂「江戸末期天保7年(1836)に再建,同11年堂供養)」
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市指定・宝篋印塔「無名であるが南北朝時代のものである。」
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ししうど(野生のウド、猪が好むところから通称ししウドと呼ぶ。)
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頭巾山(綾部最高峰871メートル)と(弥仙山664メートル)はどちらか?
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 日本最古の観音霊場、西国三十三観音霊場の開創は「中山寺縁起」によると八世紀初め頃ですが、実際は十世紀末、花山法皇の出家巡礼を契機に巡礼道が整備されたようです。室町時代以降、今生の罪と穢れを巡礼で消滅させようとする人々の願いによって、西国・坂東・秩父が百観音霊場として結ばれるのもこの頃からです。綾部地方でも時代を同じくして民間の札所巡りが盛んになり、西国三十三ヶ所にならい、前身である「何鹿郡(いかるがぐん)33ヶ寺が設定され、現在は綾部西国観音霊場33ヶ寺と番外6ヶ寺で春、秋年2回、A,B,C,の3コースで一日で13寺をバスで巡礼しています。因みに第一番は綾部市内の「正暦寺」そして最後の33番札所は国宝二王門を持つ「光明寺」となっています。(注)一部あやべ西国観音霊場1999(H1)年発行から抜粋。



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