2012/5/3

宇治市の文化財・史址を見る!2−1.日本三大禅宗の一つ黄檗宗大本山萬福寺!  文化財研修記

ご開山隠元禅師です。禅師は中国明代末期の臨済宗を費隠通容禅師の法を受け継ぎ、臨済宗32世となられた高僧で、中国福建省福州の黄檗山萬幅寺(古黄檗)の住持でした。日本からの度重なる招請に応じて、承応3年(「1654)、63歳の時に弟子20人他を伴って来朝されました。のちに禅師の弟子となる妙心寺住持の龍渓禅師や後水尾法皇そして徳川4代将軍家綱公の尊崇を得て、宇治大和田の地に約9万坪の広大な地を賜り、寛文元年(1661)に創建された寺院であり、日本三禅宗(臨済宗、曹洞宗、黄檗宗)の一つ、黄檗宗の大本山です。
 黄檗宗では儀式作法は明代に制定された仏教儀礼で行なわれ、毎日誦まれるお経は黄檗唐韻(おうばくとういん)で発音し、中国明代そのまま法式梵唄(ぼんばい)を継承しています。建造物は、中国明代様式を取り入れた伽藍配置です。創建初の姿そのままを今日に伝える寺院は、日本他に例がなく、代表的な禅宗伽藍建築群として、主要建物23棟、回廊、額、聯(
つらね)などが国の重要文化財に指定されています。

1.黄檗宗大本山萬福寺の朱の総門「国重文、寛文元年(1661)創建。元禄6年(1693)再建。中央の屋根を高くし、左右を一段低くした中国門の牌楼(ぱいろう)式で漢門とも呼ばれている。)
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2.総門の現在地と伽藍配置
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3.見事な三門「国重文、延宝6年(1678)、三間三戸の重層楼門造)
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4.天王殿「国重文、寛文8年(1668)建立。表玄関としての天王殿です。中国では一般的な建て方で、四天王と阿弥陀仏と韋駄天を同様に祀ります。)
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5.同上 2.
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6.天王殿正面の弥勒菩薩(布袋)像「茫道生作、寛文3年(1663)造立、木造、像高110.3センチメートル。布袋は弥勒菩薩の化身といわれ、本山では弥勒仏とされています。」
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7.韋駄天像「木造、像高200センチメートル、伽藍守護神で禅宗のお寺では全てこの韋駄天様が祀られています。ご馳走(ごちそう)の言葉とはこの韋駄天様が韋駄天の俊足で各地から食物を集めらたのです。」
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8.天王殿の四天王(像高全て223センチメートル)の一つ広目天(西方)
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9.同上 多聞天(北)
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10.同上 持国天(東)
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11.同上 増長天(南)
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12.天王殿前の隠元豆(350年前隠元禅師が中国より持参して植えたもの。)
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13.天王殿より見た紅葉の庭
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14.鐘楼「国重文、寛文8年(1668)重層入母屋造、本瓦葺、二階四周に縁と逆蓮柱付匂欄を廻らし、大棟両端に鯱を置いている。反対側に同じ建て方の鼓楼がある。」
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15.二王殿横の黄檗樹
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16.普茶への案内板
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17.同上 入口
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18.同上 
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