2011/12/22

東近江の文化財・史址を見る!10.国宝の彦根城と国名勝指定庭園の3.!  綾部の文化財

古くから、交通や戦略上の要衝であった彦根の地は、様々な、時の有力者が治めていました。慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦で徳川家康率いる東軍が勝利すると、石田三成に替わり、徳川四天王の一人・井伊直政が佐和山城主となり、ここに彦根藩の基礎が築かれました。井伊直政は、関ヶ原の合戦で受けた鉄砲傷がもとで、慶長7年(1602)に、この世を去りましたが、佐和山城に替わる新たな城郭の建設という彼の夢は、その息子・直継と直孝によって引き継がれ、この彦根山に天下普審の城として幕府の全面的な協力のもと西国12の大名手伝いで、慶長9年(1604)から彦根城の築城が開始され、国宝の天主閣は京極高次が築いた大津城から移され慶長12年(1607)頃には天守が完成したとされています。 その後、一旦中断していた工事は、元和元年(1615)大坂夏の陣の後、再開され、表御殿の造営、三重の濠と櫓、町割の整備、街道の整備が進められ、城下町を含む彦根城の基本的な形は元和8年(1622)までには、ほぼ完成しました。以来、彦根は江戸時代を通じ、徳川幕府の重責を担う、譜代大名筆頭・彦根藩井伊家の城下町として栄え、その居城であった彦根城は、その後も気高い雄姿を誇り続け、平成19年(2007)には、彦根城築城400年を迎えした。又、現在では平成13年に彦根ボランテアガイド協会が設立され、約70名の男女のボランテアガイドさんが案内に活躍されて、彦根市をPRされています。小生も後日紹介する石田三成の「佐和山城市址見学登山」に無料でご案内頂きました。彦根んボランテアガイド協会のURLはhttp;//www.hikoneshi.com/です.

1.西の丸三重櫓(国重要文化財、本丸の西側一帯を西の丸と呼び、その西の丸の一番はずれににあるのが三重櫓です。10メートル以上にも及ぶ高い石垣の上に築かれている。三重櫓の東側一帯に桜が植えられお花見のスポットで知られています。)
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2.同上 3階の見事な屋根裏の木組み!
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3.同上 3階から西の丸の堀と琵琶湖を見る!
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4.大手前保存用地と湖東方面を見る!
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5.黒門山道を下ると右側に「井戸曲輪(いどくるわ)」がある!
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6.黒門橋と国名勝庭園「楽々園」「玄宮園」へむかう!
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7.黒門橋上から左側の堀を見る!
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8.黒門橋から右手の堀を見る!楽々園・玄宮園方面!
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9.国名勝庭園「玄宮園」の茶室を見る!第4代藩主直興が客人をもてなすための客殿や茶室や寝室を延宝5年(1677)に建てた。此の建物群及び向こう側の庭園を国名勝「楽々園」と呼んでいる。
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10.国名勝庭園「玄宮園」は中国の玄宗皇帝の離宮にちなんで命名された。池泉回遊式の広大な庭園で大きな池、それをめぐる遊歩道、背後の築山、池に影を落とす風雅な建物からなっている。1.
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11.同上 2.
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12.下記をクリックして「音声付動画」で見て下さい。U−Tubeの画面がでたら、その右下の拡大画面をクリックして大画面で見て下さい。

1.http://youtu.be/_8AS7LNz5FM

2.http://youtu.be/e8fjmw8bU8s

13.同上 3.一天にわかに掻き曇り!雨が降り始めた!
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14.同上 4.
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15.玄宮園を出て金亀児童公園の中の「遠城謙道(おんじょうけんどう)の碑
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16.友好都市「水戸市寄贈の二季咲き桜」
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17.幕末の井伊直弼大老の像
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18.NHK大河ドラマ「花の生涯」記念碑! 次回は安土城址を登ります!
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