2011/9/15

細川藤孝(幽斎)と共に田辺城を守った一向宗門徒・楠正成の末裔・明誓上人!  綾部の文化財

京都府舞鶴市の西舞鶴地区の寺内には浄土真宗本願寺派不動山瑞光寺(ずいこうじ)がある。この寺を創建したのは時の太守細川藤孝である。開山明誓上人は元若狭小浜天ヶ城・城主内藤伊賀守楠正重の子で、俗名は源五郎と呼ばれていた。剃髪し僧となり浄業を修行、細川藤孝に認められ、藤孝の息子の師として招いた。その指導力は抜群で藤孝は娘の佐知を嫁し、一寺を建立した。これが瑞光寺である。慶長5年(1600)関ヶ原合戦の時には息子忠興が徳川家康に従って従軍、藤孝(幽斎)は宮津城など城砦を焼き払い、舞鶴田辺城に家臣500名と籠城。西軍の福知山城主小野木縫殿介が近辺の大名を指導して1万5千名の大軍で田辺城を包囲した。その時明誓は黒皮綴の鎧に頭形の兜を着け、二尺五寸の太刀を帯び、左に長刀を携え、右手に銀の采配を持ち、白錬の幟に「不動如山」と題し(明誓は武田信玄の甥でこのような白旗を所持したと言う)、一向宗門徒を大いに集め幽斎の軍に加わり、幽斎は大いに喜んだという。その後、明誓は瑞光寺を次男に譲り、嫡子順誓と宮津に移り、仏性寺を開基した。更に綾部市「元何鹿郡(いかるがぐん)」の相生町に浄光寺を開基し、末子に譲ったという。これら舞鶴の瑞光寺、宮津の仏性寺、綾部の浄光寺を見て下さい。

1.舞鶴市寺内の瑞光寺山門
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2.瑞光寺の駒札
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3.山門から本堂を見る
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4.本堂に向かって右手の庫裡
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5.堂々たる本堂
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6.鐘楼
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1.宮津市金屋谷にある兄弟寺の浄土真宗本願寺派仏性寺の山門
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2.同上 本堂に向かって左側にある聖徳太子殿
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3.堂々たる本堂
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4.本堂の彫刻
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5.本堂にむかって右側にある鐘楼
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1.綾部市相生町にある兄弟寺の浄土真宗本願寺派浄光寺の山門
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2.本堂に向かって左側にある見事な鐘楼
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3.本堂に向かって右側にある碑
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4.本堂に向かって右側にある像(僧と子供達)保育園経営の理念が理解できますね!
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5.鐘楼とお庭
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6.堂々たる本堂
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細川藤孝(幽斎)の舞鶴の田辺城籠城は下記をクリックして見て下さい。
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