2011/9/16

西舞鶴の史蹟・文化財を訪ねて!その4.細川藤孝(幽斎)が愛した法華宗の妙法寺!  文化財研修記

京都府舞鶴市西53番地に当時の領主・細川藤孝(幽斎)が愛でた法華宗の長久山・妙法寺がある。この寺は元亀年中(1569〜1573)に丹後守護職である一色義道が日賢上人を招いて開いたのが始まりと言われています。日賢上人はここで法華経を読み衆生を教化しておられました。慶長年間(1596〜1615)当時の領主であった細川藤孝(幽斎)が数人のお供を連れて庵室に入り来り、太守藤孝曰く、上人は法華の持者にして衆生を教化し、且つ狂歌を能くすと、それ実ならば一首を聞かんと、上人曰く「世の中は風呂や柄杓(ひしゃく)よく似たり入る時ばかりは我がものにして」と、太守歌の意味面白しと感悦し、当山の山林境内約一万坪の寄進を受け当堂は、再三建立したがこの堂は文久2年(1862)建立の総欅(ケヤキ)造りです。

1.朱色の妙法寺の山門(仁王門)
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2.妙法寺の駒札
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3.鐘楼
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4.見事な総欅造り文久2年(1862)の本堂
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5.この本堂右側の鬼瓦は文久2年(1862)瓦屋忠右衛門によって作られたもので高さ1.5メートル重量633.5Kgもあります。
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6.墓石を集めてつくった供養塔です。
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7.日蓮上人が西舞鶴港を見守っています。
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