2011/9/5

西舞鶴の史蹟・文化財を訪ねて!その1.細川幽斎と谷の空鉄砲で有名な田辺城址  文化財研修記

京都府舞鶴市のJR西舞鶴駅から出て表口より出て右側へ徒歩5分で舞鶴藩(田辺藩)の史蹟・田辺城址があり、現在は舞鶴公園となっている。丹後(たんご)国は室町時代には丹後守護一色(いっしき)氏やその一族が勢力をもち、戦国時代には東の若狭守護武田氏や丹波守護細川氏らと抗争し、又、内紛により次第に勢力を失っていった。天正7年(1579)織田信長は細川藤孝(幽斎)・忠興(三斎)父子と明智光秀に丹後平定を命じ、翌年丹後を細川親子に与えた。丹後に入府した細川氏は、忠興の居城として宮津城を、藤孝の隠居所として田辺城を築いた。田辺城の築城は宮津城と並行して進められ、天正11年(1583)頃にはほぼ完成していたと言われるが正確な時期については諸説がある。城は三重の堀で囲まれ、北から三の丸、二の丸、本丸と並び、東西南北にそれぞれ門があり、西門が大手門となっていた。現在大手門のみは再建されているので後ほど紹介します。東の東舞鶴へ向かう白鳥峠から見ると鶴が舞っている姿に見えたので舞鶴城と呼ばれ、明治2年(1869)これが町名となった。慶長5年(1600)関ヶ原の戦いでは、細川藤孝・忠興父子は東軍に属し、藤孝は宮津・久美浜・峰山の諸城を焼き手勢500名と田辺城に移り、留守を守った。しかし、7月20日西軍に応じ福知山藩主の小野木氏の主導権で、この辺の大名は、ほとんど西軍につき、東軍方の細川忠興の父・細川幽斎の守る舞鶴の田辺城を攻めるのですが、細川忠興は、徳川家康について関東の小山まで上杉征伐に行き、その後引き返して関ヶ原で東西軍がぶつかり西軍は負けるわけです。西軍方で舞鶴を攻めた総大将の小野木氏は、戦後切腹、家は断絶、藤掛氏は一万三千石から六千石に減封され綾部の上林へ入ります。山家藩谷衛友(たにもりとも)已む無く小野木に従っていたが、有名な「谷の空鉄砲」の通りで、裏で繋がっていたのでしょう。山家1万6千石はそのままもらっています。この1万5千名の包囲網で落城寸前、「古今相伝」「源氏物語抄」などの伝授、後陽成天皇による要請により囲みを解いた。
 細川忠興の妻ガラシャ、名は玉子(玉とも)。明智光秀の二女(または三女)で、非常に美しい女性であったと伝えられる。天正六(1578)年に織田信長の媒酌により忠興と結婚するが、同十年に父光秀が本能寺の変を引き起こし、細川氏はその加担要請を断ったため、忠興から丹後味土野(三戸野とも・現京都府竹野郡弥栄町)に幽閉された。同十二年に復縁して丹後から大坂玉造の新邸に移り、のちキリスト教に帰依。同十五年、公卿清原頼賢の娘で彼女の侍女として仕えていた清原マリアの手によって洗礼を受け、ガラシャと称した女性である。写真は大阪市中央区の聖マリア大聖堂にあるガラシャの像で、この左手にはキリシタン大名で有名な高山右近像も建てられている
 関ヶ原の戦い後、細川氏はその軍功により、39万9千石の大々名となり豊前中津城へ移り、田辺城には京極高知が入国、その後、寛文8年(1668)牧野親成(まきのちかしげ)が3万5千石で入府封、明治維新まで牧野氏が藩主であった。

1.平成4年(1992)に再建された、舞鶴城大手門
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2.再建の大手門の説明版
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3.現在は舞鶴公園となっており、その全図
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4.舞津市指定史蹟の田辺城の駒札
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5.大手門の内側には「田辺城資料館」がある。月曜日は休館。
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6.城内は舞鶴公園 (1)
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7.城内本丸の井戸跡
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8.残っている土塁跡
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9.土塁跡から見た舞鶴公園内の超モダンな喫茶店です。
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10.城内に残る土居跡
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11.心種園(1)
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12.心種園(2)晩秋に見事な紅葉が見れます。
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13.心種園(3)
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14.心種園(4)
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15.細川藤孝(幽斎)についての駒札
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16.古今伝授の駒札
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17.心種園内にある「古今伝授」の碑
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18.細川幽斎の子孫の17代細川護貞筆の歌碑、現存する長男の18代護熙は平成5年(1993)に首相に就任。翌年電撃的に退任す。
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細川忠興の有名な妻・ガラシャについては下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/846.html

http://shizuka0329.blog98.fc2.com/blog-category-23.html

谷の空鉄砲で有名な山家藩初代藩主谷衛友(たにもりとも)については下記をクリックして見て下さい。
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1054.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1056.html
http://star.ap.teacup.com/ayabebunnkazai/1059.html

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