2011/5/27

播州の史蹟めぐり4.聖徳太子の創立で播磨の法隆寺と云われる鶴林寺  文化財研修記

加古川市加古川町には「聖徳太子創立播磨の法隆寺と云われる刀田山・鶴林寺(とたさん・かくりんじ)」がある。寺の由緒には高句麗の僧、恵便法師が、物部氏ら廃仏派の迫害を逃れてこの地に身を隠しておられたので、聖徳太子は法師の教えをうけるため、この地に来られた。のち、秦川勝(はたのかわかつ)に命じて精舎を建立し、刀田山四天王寺聖霊院と名付けられたのが、当寺の始まりであると伝えられている。養老2年(718)武蔵の国「大目身人部春則」が聖徳太子の遺徳を顕彰するため、七堂伽藍を建立し、更に9世紀の初め、慈覚大師円仁が入唐の際に立ち寄られ、薬師如来を刻して国家の安泰を祈願されて以後、天台宗となった。天永3年(1112)鳥羽天皇から勅願をいただき、「鶴林寺」と寺号を改め,勅願所に定められた。鎌倉時代、室町時代と太子信仰の高まりとともに、鶴林寺は全盛期を迎え、寺坊30数ヶ坊、寺領25,000石、楽人10名がつねに舞楽(宝物館には国重文の楽太鼓の縁と断片が展示されている。)を奏していたといわれた。戦国時代に至って織田信長、秀吉らの弾圧、更には江戸幕府の厳しい宗教政策のため、衰微せざるを得なかった。しかし、一方、「刀田の太子さん」と呼ばれて庶民の信仰あつく、また「播磨の法隆寺」と呼ばれ、多くの文化財が護持され、人々の信仰と心のやすらぎの場となっている。

1.兵庫県指定文化財の仁王門
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2.仁王門の阿吽形の内の阿形像
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3.国宝の本堂(室町時代1397建立の和様、大仏様、禅宗様式の代表作。本尊は薬師如来。日光、月光、毘沙門、持国、十二神将を祀る。)
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4.本堂内にてご住職の説明を聞く!
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5.本堂の和様・大仏様・禅宗様式の特徴
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6.鶴林寺の宝物目録(兵庫県指定文化財は含まれていません。)
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7.宝物館の金銅聖観音像「国重文、像高83センチメートル。右に腰をひねり左足をあそばせ、すらりとした立ち姿、流れるような天衣、特徴ある髻(もとど)に美しい三面宝冠を付けている。秀でた眉に切れ長の目、筋の通った鼻、わずかにほほ笑みをたたえた口もと、ふくよかなほほ、首筋には幼児のあどけなさを思わせる三筋の線、その典雅、流麗の趣は奈良前期、白鳳時代の傑作である。その昔、盗人がこの観音像を盗み出し、溶かしてひともうけをたくらんだが、「アイタタ」という観音様のお声に驚き、像を返し改心したという伝説がある。又、この像は海外で展示されること数度で、国内は勿論、世界的に名高い。」
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8.鐘楼(1407)国重文、袴腰造りの優美な建築で本堂と同時代のものである。
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9.観音堂「宝永2年(1705)の江戸時代の再建のものですが、明治の神仏分離令により浜の神社の本地仏であった木造聖観音(秘仏)を祀っている。
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10.観音堂内部、黄金の仏像は秘仏を守る前立観音像です!
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11.国宝・太子堂(1112年築で宝珠をいだいた桧皮葺の優美な兵庫県最古の建築。本尊はお釈迦様。文殊,普賢、四天王を祀り、天井に典雅な仏天蓋を吊るす。堂内には長年のススで覆われた九品来迎図、仏涅槃図、桂絵そたの太子堂壁画(国重文)が1976年赤外線写真で発見された。)
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12.優雅な賢指定文化財の三重塔(三間三重、本瓦葺、初重は文政年間(1818〜1830の大修理の際にほとんど新材で再建されたが、二重・三重の軸部及び斗栱部、軸廻りなど古式をよく伝えている。)
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13.再度塀越に三重塔を見る!
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