基本的に、国の作るハコ物にろくな物なしと思っている僕ですが、漫画を愛する者としては大賛成です。
僕が重視しているのはただ一点。
「漫画の生原稿を保管できること」
無茶苦茶な極論ですが、僕としては、これだけで充分なのです。
生原稿は、なかなか目にする機会が無いですが、実際に見てみると、印刷物には無いオーラが出ているのを感じます。
何が違うのか、よく分からないけど、とにかく圧倒される。
インクやホワイトの質感から、鬼気迫るものを感じるのかもしれません。
「これは創作物だ! 読み捨て文化の過程じゃあない!」
と、熱く叫びたくなります。
一度、「みなもと太郎」先生(僕にとって人生ベスト1漫画家)の描いた漫画、「松吉伝」の生原稿に消しゴムをかける手伝いをした事があります。
場所がみなもと先生の事務所では無く、友人宅で二人の作業と聞いていたので、気軽に行ったんですが、机の上に原稿の束がどさっと置かれて
「まあ、読んでよ」
と、にこやかに言われた時、僕の方はパニック状態でした。
「折り曲げたら死ぬ!」
まして消しゴムをかけていくなんて、どうしたら良いやら。
「汚したら死ぬ!」
10枚も消しゴムをかけているとだんだん慣れてきて、写植がはがれても
「あ〜 ノリづけしなきゃね。うーん、定規をあてたら曲がってるかもしれないけど、見た目分かんないから良し!」
という、感覚になっているのが不思議でした。
このように、作業者のサイドになると、本来持っている生原稿のオーラへの感受性はあっという間に鈍ります。
これが、生原稿の扱いがぞんざいになる理由だと思います。
しかし、一枚一枚の生原稿がこの世でたった一つの宝である事に変わりはありません。
豪華な空間など必要ありません。
空調をきかせた倉庫の機能があり、検索が容易に出来、一部が閲覧できればそれで良いのです。
肝心な、コストを回収するためのビジネスプランを無視した妄想ですが、少ない赤字で、文化の保存ができるなら、それで良いじゃないかと思うわけです。
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ちなみに、みなもと太郎先生の「風雲児たち」という漫画は凄くマイナーですが名作なので、ぜひ読んでみて下さい。
ワイド版(表紙が黒っぽい方)を1〜3巻まで、騙されたと思って一気に読んで頂けると、盛り上がりが堪能できます。
3巻まで読んで、ノリがあわなかったら……
すいません。本当に騙されたと思って下さい。
リアルな表紙絵(中身と全く違う)を書いているのが、原稿の消しゴムかけに誘って下さった工藤稜さんです。

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