■所在地;東京市牛込区(現東京都新宿区)
■完成;昭和28(1953)年
■構造;RC5階地下1階
■面積;15,537m2
■施主;厚生省保険局
■施工;鹿島建設
■賞;文部大臣賞
山田の戦後独立後初の大きなプロジェクトである。特徴的なのは垂直動線である中央の正六角形より三方に伸びる翼を持つY字形平面である。これは計画道路を考慮した敷地形状と上手く適合しており、病院建築としてのプライバシー、通風、採光、動線や設備配管の短さなど「機能的合理性」で説明されているが、その結果である平面型としての流動美(ストリームライン)は美しい立面となって表出している。構造計画を担当したのは山田と付き合いの深い内藤多仲であるが、この建築では逆梁とし、インフラを床下に納めるなど、技術的にも注目すべき点が多い。そして中央の正六角形のトップには円盤状の展望室を載せている。これは病院の機能としてはさほど重要性を感じないものであるが、山田としてはどうしても加えたかった重要なデザインの要素なのであろう。実際山田は弟子達に「建築は一箇所‘勘所’があれば後は合理的で良い」と語っていたそうである。しかしその重要でない機能も、医療スタッフや患者達にはリフレッシュの場として喜ばれただろう。

ところでこの建築が建替え工事により解体されて10年も経った平成18(2006)年、東京都は計画道路着手の発表をした。ブロックプランに影響を及ぼした計画道路と及ぼされた建築はお互い出会う事が無かったわけである。

ちなみにM.ブロイヤーらによるパリの「ユネスコ本部」もY型建築で有名だが、そちらの竣工は1958年で東京厚生年金病院よりも後のことである。山田はブロイヤーから似てしまった事に対して承諾を乞う連絡を受けたが、快諾したそうである。
都市計画道路放射25号線
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2006/06/20g6u600.htm
昭和49年空中写真(写真中央より南方)
http://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/74/ckt-74-15/c26/ckt-74-15_c26_41.jpg