先日新潟に出かけたとき、萬代橋を見てきました。

▲信濃川と萬代橋
現在の萬代橋は昭和4(1929)年8月に竣工しました。同所にあった2代目の橋が老朽化したため架け替えられたものです。戦時中の金属供出等で装飾等が撤去されていたものの、最近復原工事が行なわれています(再現の正確さは不明)。平成16(2004)年に国の重要文化財(建造物)に指定されました。
その設計は東京の関東大震災復興にあたった復興局の技師達が行なっています。山田は嘱託で復興局におり、萬代橋のデザインにも関わっています。
当時の土木技師達の間ではデザインの合理性が叫ばれていました、橋のデザインは構造がそのまま表現されるべきで、「無駄な装飾は不要」との思想が圧倒的だったようです。
そんな復興局の風潮の中で山田は少数派の建築畑の人間としてデザインの重要性を訴え、戦ったのだと想像できます。

残念な事に橋の入口にある説明板には設計に関して山田の事が触れられていませんでした。おそらく土木の世界では建築とは逆で意匠(デザイン)設計者の地位が低いのかもしれません。それにしても完全無視とは・・・。

それでも橋の細部に山田テイストを発見しました。橋側灯の金属製台座です。
東京中央電信局側面上部のようなパラボラ曲線がありました。山田デザインそのものです。堤防かさ上げで下部が埋まっていますが、そのおかげで戦時中の金属供出から逃れ、当時のまま残ったようです。

新潟駅と中心市街地を結ぶ、新潟市にとって重要な橋梁ですが、その優雅なデザインは新潟のシンボルとして市民に愛されているようです。
参考
★Wikipedia萬代橋