■完成;昭和41(1966)年11月30日
■構造;SRC10階塔屋4階
■面積;10,692u
■施工;大成建設
3号館は湘南校舎では初めての高層建物で、長方形平面の建物本体とメインの縦導線を集約した円筒部からなる10階建ての建築である。建物本体はSRCラーメン構造で四辺が連続したバルコニーで囲まれ、外観は水平線が強調されている。また、室内には階段が無く、両翼に設置された外部階段または円筒部に渡って垂直移動することになる。円塔部は同心円状に外側から自動車も上がれる螺旋スロープ、円塔状の躯体内部に便所、PS、螺旋階段、中心にエレベータシャフトが設置され、外観の螺旋が垂直導線を意匠的に強調している。建設地はキャンパスの北東にあり、東西方向に設定された大通りの東側端部にあって、円塔部がそのアイストップになるよう意図されたものと思われる。
竣工は山田没の5ヶ月後であり、キャンパス内の武道館、松前会館と並び山田の最後の作品といえるものである。
残された模型を見ると円塔部の頂部に山田がその2年前に設計した
京都タワー(1964)に似た意匠のタワーが載っていることに注目できる。これは「将来構想」の表記で図面にも残されている。タワーの大きさは高さが塔屋上23.90mであり、京都タワーの100mに比べ1/4程度の規模であるが、プロポーションはほぼ一致し、構造も断面図から読み取れる限り同じ応力外被構造を採用しようとしていたことが判る。展望台に当たる部分は極めて狭く人も立てない程であるが、この部分に何か仕掛けを考えていたと思われる。地上からの高さは72.15mに達し、完成していたらキャンパス内で最も高い構造物になったはずである。景観論争で叩かれた京都タワーであるが、その意匠には自信を持っていたことの現われかもしれない。

▲模型(東海大学学園史資料センター蔵)

▲立面図(建築デザイン学科蔵)
現在3号館は築後40年を経過したが、現役の教室または事務室として使用されている。室内では竣工時と比較して間仕切り壁の位置が一部変更されているが、元々内部に構造壁を持っていなかったため、山田の狙い通り後の機能の変化に柔軟に対応出来たものと思われる。外観正面では外壁仕上げの修繕とアルミサッシへの取替、ベランダの連続通行や屋上への立ち入りを妨げるフェンスなどが加えられていているものの、それ以外の大きな変更は見られない。1992年裏側に新校舎が建設され、3号館との間にドライエリアが設けられ本来地中にあった地下1階部分が露出している。また新校舎との間に空中で連絡橋が架けられている。これらは何れも正面側に影響は無く、3号館への意匠上の配慮があったことが推察される

▲新設された裏のドライエリア(左が3号館)
各階相互は内部階段を持たず外部を介さないと連絡出来ないことや、各階に自動車で直接アプローチできる等、各スラブが都市インフラとして地上にあるのと等価に成立しているところが面白い。いわばスラブが10枚重なった「ドミノ」が志向されているともいえる。同じ構成は小規模であるが
山田自邸(1959)でも実践されており、山田は建築を都市の一部として捕らえていたと言えるだろう。