■完成;昭和38(1963)年5月8日
■構造;RC3階
■面積;14,377m2
■施工;戸田建設
湘南キャンパス北端の高台に建てられた、このキャンパス最初の校舎である。
平面は
東京厚生年金病院(1953)以来、山田がよく採用したY型で、中心に円形スロープを内蔵したコア部分から120度の角度で三方向に翼が伸びている。ちなみにM.ブロイヤーらによるパリの「ユネスコ本部」もY型建築で有名だが、こちらの竣工は1958年で東京厚生年金病院よりも後のことである。山田はブロイヤーから似てしまった事に対して承諾を乞う連絡を受けたが、快諾したそうである。
東京厚生年金病院と違う点は高さが4階に抑えられたこと、トップが展望室でなく電波塔になったこと、翼の長さが三方共に均等なこと、逆梁が採用されなかったこと、竣工当初は1階がピロティであったことである。特に高さを抑えピロティーであったことで、大らかに曲線を描く水平線の伸びが強調されている。
構想段階では5階建であったことが残された模型で判明している。現在でも屋上床に柱頭が出ていることから将来の増築が考慮されていたことが判る。

▲1号館完成予想模型写真(植野石膏蔵)
工期は農地転用許可の遅れから1962年11月に始まり、新学期に間に合わすため翌年5月には完成させるという、この大きさの建築にしては超短期であった。建設には山田自身が陣頭指揮にあたり、年末年始も返上で行なわれたそうである。井戸水の不足により、一夜にしてビニールのプールを造り、市に給水車を頼んで急場を凌いだなどの山田の情熱、責任感、精力的な活躍を現すエピソードが伝えられている(向井寛著「建築家山田守」295頁)。
現在までにピロティーに教室を増設したり、ナス紺色のスチールサッシがアルミに取り替えられるなどの変更があったが、今もなお、湘南キャンパスの中心施設として活用されている。