2007/3/16
「山田守の湘南キャンパス構想(その3)」
山田守建築の分析(湘南キャンパス編)
1964年春、東海大学の機関誌「東海」が創刊されました。年2回の発行ですが、当時は建設たけなわの湘南キャンパスが何度が取り上げられています。
創刊号(1964/4/15発行)においては「東洋一を誇る湘南校舎」と題して、その頃の現地写真などを中心に特集されています。掲載されている敷地図には将来構想についても触れられていました。

▲[図4]機関誌「東海」創刊号より(東海大学校友会発行・東海大学学園史資料センター蔵)
この図は山田によって描かれた図面を機関紙編集者がトレースしたものと思われ精度には若干の疑問があります。しかし注目すべき点も多いものです。発行日から考えて1964年初頭段階の構想図(未確認)が元になっていると思われます。

▲[分析図4]
以下注目点です。
1.1号館(1963/5/8竣工)は既に建っていますが、「本館」の名称になっています。
2.中央通り北端大階段より北側についての街路計画は省略されています。
3.食堂は仮設のものでした。
4.運動施設についてはほぼ現在の形になっています。(プール周辺の観客席らしきものは未完です)
5.体育館は大きさ、位置共に現状に近づいています。
6.望星学塾は3つのうちJ棟が完成しています(1964/2/28竣工)。
7.2号館は「階段教室」の名称で建設中です(1964/12/12竣工)。
8.3号館の位置は空白になり、中庭型六角形校舎の形(図1・指摘9)は実験館として引き継がれ拡大しています。六角形は拡張可能なシステムとしての提案だったようです。
9.松前記念館は創立者松前重義所有の木造家屋を1964年3月に三鷹から移築しました。
10.陸上競技場、野球場はほぼ現在の位置にあります。
11.方位の表記は若干ずれています。
1964年と言えば山田の看板作品である、日本武道館(10月)や京都タワー(12月)の竣工した年であり、オリンピックに向け盛り上がる日本の中でも山田建築事務所はとりわけ活気に満ちていたと想像できますね。
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