展示模型の解説です。展示場手前列の右側から順番にご説明します。
(ケータイでどうぞ)
■東京中央電信局(現存しない) 縮尺1/200(台座600×400mm )(新規製作)NTT ファシリティーズ蔵
今回の展覧会を機に新たに制作されました。模型制作のプロフェッショナルである植野石膏によるものですが、数少ない図面や写真から復元されたにもかかわらず、その精巧な造りには圧巻です。やはり模型にするとその建築がよく理解できますね。素材は樹脂だそうです。
■京都タワー 1/300(新規製作)(400×400)
東海大学岩岡竜夫研究室学生によって製作されました。構造体を見せる為の模型で、タワー部分の鋼板の筒構造とビル部分の軸組構造の接合部分をご覧下さい。
■東海大学湘南校舎3号館+松前会館 1/300(970×680)東海大学学園史資料センター蔵
建設当時の植野石膏模型製作所による模型です。当初3号館にはミニ京都タワーの計画(おおよそ1/4のプロポーション)があった事が判ります。螺旋スロープを廻って車が各階に着けられる所が面白いです。
■東海大学湘南校舎円形体育館(構想案)1/300(570×570) 東海大学学園史資料センター蔵
山田の構想にあった直径140mもの巨大ドーム体育館の模型です。実現はしませんでした。精巧な模型が残された以上、図面の存在があったと考えられますが現在までに発見されていません。山田は卒業設計以来、ドームとタワーに拘りがあったようです。
■日本武道館 1/400(700×545) 日本武道館蔵
建設当時の植野石膏模型製作所による模型です。日本武道館より出展をいただきました。横から見て富士山に見えるかご確認下さい。
■東海大学湘南校舎2号館 1/300(620×545) 東海大学学園史資料センター蔵
京都タワーや武道館の建設時期と同じ頃ですが、山田はスタッフにこれらの監理は任せ、自身はこの2号館の建設に夢中だったそうです。
貝殻平面の大中の2つのホールが向かい合いますが、当時は舞台の仕切りが開放可能で、客席対面型になったそうです。
■東海大学湘南校舎武道館 1/300(1170×550)東海大学学園史資料センター蔵
富士山のカーブを切妻屋根で実現したものです。剣道場と柔道場が左右に分かれ、ここから多くのメダリストが輩出されました。この建物の建設時には山田は既に病床にあり、病床でも建設過程を気にしていたとのことです。
■鶴見邸(現存しない)1/100(新規製作)(350×400)
東海大学岩岡竜夫研究室学生によって製作されました。RCの部分と木造の部分があります。
RC部分は建設前年に出かけたヨーロッパの影響が色濃く、インターナショナルスタイルになっています。敷地は現在の首都高速3号線になっており、青山トンネルと高樹町ランプの間くらいにありました。
■山田守自邸 1/100(365×320) 東海大学学園史資料センター蔵
建設当時の植野石膏模型製作所による模型です。屋上のアミで囲まれたものの用途は不明ですが実現はされなかったようです。当時は1階と3階の一部がテラスで外部化しており、将来の増築スペースとしていました。そこには実際、増築されています。
■東海大学湘南校舎1号館 1/300(500×500) 東海大学学園史資料センター蔵
建設当時の植野石膏模型製作所による模型です。当初計画は5階建て(実際は4階)、1階がピロティーだったことが判ります。シンボルタワーは台座のみになっています。
■東海大学湘南校舎4号館 1/300(555×650) 東海大学学園史資料センター蔵
4号館の建設は着工自体が山田の没後で、山田自身は作品をこの模型でしか知らなかったわけです。
■長沢浄水場1/300(新規製作)(650×700)
東海大学岩岡竜夫研究室学生によって製作されました。浄水施設と建築の一体化した姿がよく判ります。
■東京逓信病院(現存しない)1/200(1053×802×H364)
建設当時の植野石膏模型製作所による模型です。東京逓信病院より出展をいただきました。建設当時は病棟が2棟であり、後年両側に1棟ずつ増築され計4棟になっています。屋上に飛び出しているハイサイドライトは直下にある手術室を明るくします。
■東京厚生年病院(現存しない)1/500(新規製作)(450×450)
東海大学岩岡竜夫研究室学生によって製作されました。当時の周囲は木造2階の民家が密集しており、そこに浮かび上がる姿が印象的です。