山田建築の先進性を考えていたらある事に気がつきました。
山田は後になる程、時代の先取りが早くなっているのではないかと・・・。
1925東京中央電信局→分離派・古典様式からの脱却 数年先進
1931鶴見邸→表現主義への決別・日本初モダンムーブメント
1937東京逓信病院→増殖を可能とする建築計画(→メタボリズム1960〜)20年先進
1953東京厚生年金病院→新しいモダンの模索(→ポストモダン1970〜)20年先進
1957長沢浄水場→新しいモダンの模索・美しくしたドミノ
1959山田守邸→多層人工地盤(→スケルトンインフィル1990〜)30年先進
1964日本武道館→ポストモダンの完成形(→東京都新庁舎1991)30年先進
1964京都タワービル→超未来建築・都市のランドマーク(→20××)※
1963東海大学湘南校舎→超未来都市(→20××)
※そういえば鉄板構造で、自由な曲面を作る考え方は伊東豊雄など現代でやられているではないか・・・。すなわち京都タワービルは40年以上先進したのかもしれません。
山田は絶えず時代の潮流から分離しようとしていただけで、これらの先進性はただの偶然かもしれません。ただ閉塞感のある現代建築において、山田建築を辿ればその延長上に未来が見えるのかも知れませんね。