■所在地;東京都渋谷区富ヶ谷二丁目
□1号館■完成;昭和30(1955)年10月■構造;RC3階■面積;983m2
□2号館■完成;昭和33(1958)年3月■構造;RC5階塔屋3階■面積;4,891m2
□3号館■完成;昭和34(1959)年4月■構造;RC3階地下1階■面積;16,177m2
□4号館■完成;昭和37(1962)年5月■構造;RC5階地下1階■面積;4,320m2
■施工;大木建設、戸田建設、新建設工業
■現況;全棟現存
東京・渋谷区にある大学校舎である。閑静な住宅地の敷地に4棟が建てられている。1号館は正面にある事務棟で、このデザインは計画案に終わった北陸銀行本店案に似ており、山田の思い入れがよく伝わる。強調された柱とその間の垂直連続窓が繰り返されるパタンは東京中央電信局にも通ずるが、ここで使われる曲線はより自由で滑らかである。後ろに建つ2号館はX字型平面の校舎である。厚生年金病院以後、Y字やH字など平面計画の様々な形が編み出されたが、X字は他に防衛庁東京中央病院(現存)のみである。その中心には垂直動線である円周スロープが内蔵され、トップにはFM放送のための電波塔が持ち上げられて通信技術を発祥とした大学のシンボルになっている。更に後方の4号館は1階の真中に車路が抜けられ、潜り抜けた所が2号館の正面になっており、この校舎自体がキャンパスの裏ゲートになっている。この様な自動車動線と建築の一体化は他の山田建築にもよく見られるものである。ところで山田は東海大学の設立自体に参画しており、同大学建築学科創設者、及び初代主任教授としても活躍した。

1号館(建設当時)
東海大学情報デザイン工学部
http://www.yc.ycc.u-tokai.ac.jp/2k/2k.htm
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