■所在地;東京市赤坂区(現東京都港区)
■完成;昭和6(1931)年12月
■構造;RC+木造2階
■面積;RC造137m2 木造164m2
■施工;大竹工務店
■現況;解体(戦災及び六本木通り建設の為)
山田は昭和4(1929)年から翌年に掛けて欧米視察に旅立ち、当時欧米で花開いたモダンムーブメントに大きな影響を受けて帰国する。この建築は帰国後すぐに設計されたもので、山田にとっては初の住宅作品である。構造はRC造と木造部分があり、RC造部分はモダン、木造部分は伝統木造のデザインをしている。特にRC部分はそれまでの表現主義的なデザインは影を潜め、曲面が居間の角にある以外はエッジの利いた当時のコルビュジエらを思わせるデザインを実践している。1階食堂前には内部化されたベランダがあり、床から天井まで開けられた三連サッシは突き出し可動式で日除けの機構を内蔵している。2階には可動式テントのある広いテラスとその一部をガラスで内部化したサンルームがあり、当時の国内の住宅設計としては斬新な仕掛けがふんだんに使われている。残念なことに木造部分は被災しRC部分も戦後解体されたのであるが、その概要は雑誌「新建築」昭和7(1932)年4月号より5回にわたり発表され、図面は日本建築学会建築博物館に収蔵されている。
