今年の建築学会大会で発表させていただいた、千住郵便局電話事務室を紹介します。
千住郵便局電話事務室は東京府南足立郡千住町(現:東京都足立区)に1929(昭和4)年に竣工した逓信省の電話局舎です。設計は当時逓信省の技官であった山田守で、35歳の時の作品です。
現在はNTT東日本千住ビルと称されており、今年で丁度80年を経ていますが一部が改造されたものの概ね外観が保存されています。
戦前の逓信建築が保存されている例は稀で、大変貴重なものです。
(写真は許可を得て撮影)

▲千住郵便局電話事務室(現:NTT千住ビル)
旧:千住郵便局電話事務室
着工:1928(昭和3)年3 月22 日
完成:1929(昭和4)年5 月2 日
構造:RC 2階(竣工時)
面積:1,366 u(竣工時)
製図:岡盛、伊藤
監督:八木幸次郎、貴田(高橋)金吾、浜田(片岡)新一、浦川実治
施工:大倉土木(現:大成建設)
現:NTT東日本 千住ビル
山田守の建築はその生涯において3つの時期に分けることができます。
1つ目は分離派建築会を結成し、逓信省技官として表現主義的作品を残した第一期。
2つ目は1929年から30年の欧米視察に出かけ、当時のヨーロッパのモダンムーブメントに強い影響を受け、帰国後インターナショナルスタイルに変化した、第二期。
3つ目は戦後独立し、モダニズムを超越した自由で多様な表現をした第三期です。
千住郵便局電話事務室は第一期の最後、欧米視察に出かける直前に完成しており、表現主義が極まり、新しい表現の模索を始めた頃の作品です。
戦後山田が勤めていた東海大学には千住郵便局電話事務室の設計図面が残されています。青焼き図面ですが、これもまた貴重なものです。以下は図面リストです。平立断面の図面のあと、詳細図が描かれ、その後、構造図、設備図が続きますが、その後、更に詳細図が追加されていることがわかります。

▲千住郵便局電話事務室の設計図面リスト(東海大学学園史資料センター所蔵)
立面図は連続する南面と東面が一面で展開したように描かれているのが特徴的です。現況と比較すると、現在までに一部3階が増築され、南西隅に現代的なデザインの出入口が増設されています。煙突はカットされています。1階と2階の開口部は揃っていますが、2階開口部の上部と下部にボーダーが入れられ、その中の仕上げを変えることで水平連続窓風に仕上げているのが特徴的です。

▲立面図(一部)
この建物の外壁全体を包むのが長手方向に溝があるスクラッチタイルです。スクラッチタイルは当時流行しましたが、山田の作品の中では希少な使用例です。全体に馬目地で貼られています。

▲スクラッチタイル
窓枠部分では役ものタイルの多用で曲面で納められています。2階ボーダー内はモルタルペンキ仕上げです。さらにスクラッチタイルはパラペット内側まで徹底して貼り込まれています。パラペット上端部の断面は半円ではなく、山田がパラボラと称した楕円形をしています。

▲開口部周辺

▲矩計図(部分)
南西側角も丸められています。ここには竣工時に門扉があったようですが、図面によると門柱にもタイルが貼られていたようです。切断された煙突跡が判ります。

▲南西側隅部
敷地裏側に抜けるトンネル状貫通路の天井は半円ではなく上から押された楕円形をしています。(この曲率について詳細図面内に言及はありませんでした)
建物裏側には1階に庇が続いていますが、この部分は唐派風のように持ち上げられています。

▲トンネル状貫通路表側

▲トンネル状貫通路裏側(敷地内:許可を得て撮影)

▲トンネル状貫通路詳細図
エントランス部分の詳細図は平面、立面、断面、室内側展開を駆使して表現されています。エントランスの2つのドアの間には内外両方から使える電話ボックスが置かれるユニークな仕掛けがあります。実用的で電話機そのものが電話局の顔にもなっていたわけです(現在はありません)。

▲エントランス部分詳細図

▲現在のエントランス部分
設計図面には足洗い場の詳細図がありました。球体の石のトップから噴水がでるユニークなものですが、表記された裏玄関右側の位置には何もなく、後に廃止されたと思われます。

▲過去にあったと思われる足洗い場の詳細図
この建築の後、ヨーロッパに向かった山田は、メンデルゾーンやグロピウス、タウト、ホフマン、コルビュジエらに会見し自作の写真を見せたそうですが、皆、千住郵便局電話事務室を特に称えたと、家族への手紙に残しています。
近年まで現役の電話局として使われていましたが、機能の多くは敷地奥に完成した新局舎に移り、現在の1階は空室になっています。最近話題になった東京中央郵便局(1933)よりも古く、大変貴重な逓信建築ですので今後も保存が望まれます。