http://www.sankei-kansai.com/01_syakai/sya060903.htm
↑どうよ?
この教諭はまあ、熱意がある先生なんだろうね。保護者はそれを知ってたから署名を集めたんでしょうよ。
でも、私が苛められてないのにこの教諭に叩かれたなら、多分後から思い返して胃の奥がむかついてくるだろうね。
傍観者も加害者だなんて、軽々しく言ってはいけない。そんなのは苛められた側と、苛めをやめさせなきゃいけない教師の勝手な言い分であって、傍観している方にも損得勘定を働かせる権利くらいはあるのだ。
小学校に於ける苛めのターゲットは「マイナスの意味で」「目立つ」者なのだ。今回この苛められた男児ってのはそういう条件を満たす外見だったわけだ。もし、誰かがここで苛めている「一部児童」に食って掛かったとする。それにより残りの大多数の「傍観者」も共鳴して動くのならいい。しかしその保障はどこに?
今は便利な言葉がある。もし、誰も共鳴者がいなければ、「やめろよ」と叫んだ瞬間に、その正義者は「
浮いている」という「マイナスの意味で」「目立つ」存在になる。
一人じゃ革命は出来ないし、革命に失敗した人間の末路は悲惨を極める。
結果、最初に外見でからかわれていた男児は救われるかもしれない。苛めのターゲットが孤立した正義感に移り変わることによって。
確かに、わずかでも苛めがなくなる可能性があるならば、大きなリスクを背負って自分自身が正義を謳うべきなのかも知れない。
しかしそれはどこまでも勇気のいることである。小学生は、自分の小学生時代が2度と来ないことを知っている。
この教諭は自分の職をかけてまで苛めを根絶しようとしたわけだ。しかしそれと同じことを生徒に要求することは出来ない。
「黙認状態」という言葉がどの程度のことを表しているのかはわからない。上記のような勇気ある行動は出来なくとも、例えば先生に密告するだとかは出来なかったのか、というような疑問も成り立つ余地はある。
もしそれを含め、「傍観者」となっていた児童たちが本当に何もしなかったならば、それは確かに教育されるべき内容かもしれない。
しかし教諭は「(次にからかったら)みんなをたたいて教師を辞める」と言っているわけで、ここで「傍観=罪」ということは表現されていない。
まあ、教諭が普段から「傍観はいけない」と言っていたのなら筋が通っているかもしれないが、それでもいきなり苛められていた奴と同じように殴られたら、生徒は納得するのだろうか?
と、何だかここまで教諭の行動を批判っぽく言ってきたが、しかし少なくともこの教諭はいじめを根絶しようとこれだけの行動を起こしただけでも立派であろう。ちょっといきなりやりすぎただけで、だからこういうドラマチックな話になったのではないか。
しかし教諭、意地悪いこと言うけど、ここまでやったんだから今更謝るなよ。「自分の指導力が足りないせいでお騒がせしました」って意味でならいいけど。
ついでに言えば「児童たちも泣きながら「私たちが悪かった」と謝ったという。」の部分も美談っぽいけど、多分何も解決してないね。
結局いつものようにまとまりを欠いた文章でした。すみません…。後から書き直すかも。