で、この坂東なんちゃらは、もうそれでいいの。あまりに突っ込みどころがありすぎてどうすればいいのかわからんし。
気になったのは。ネット上で「動物の価値観は人間にわかるはずはない」という理由で、彼女を擁護、もしくは「非難するほどのことでもない」といった態度をとってる一部の方々。
「動物の価値観はわからない」…価値観って言葉は本当に怖い。確かに一瞬それらしく思えてしまう。
だがしかし。まず、「生きること」「子孫を残すこと」この二点が動物の価値観の中で最上級に置かれていることは間違いないだろう。歴史上の生物学者が皆言っている。それに反論するならまず学会に論文を提出してからにせねばならない。
で、この坂東氏は「母猫の性的機能を保持させる」と「子猫を生かす」のどちらかをとらざるを得なくなったわけだ。無論、どちらを選んでも二つの価値観のいずれかに反する。
しかし、前者を諦めた場合、子猫は生まれない。母猫だけが人間の犠牲になる。そして、犠牲と言っても彼女(母猫)自身が「犠牲」だと思っているかはわからない。去勢されているわけだから(雌猫の去勢には二つの方法があって、どちらも発情そのものを抑制させる)。
それに、猫にもストレス反応があり、ストレスがたまると毛づくろいの仕方がおかしかったり、急に暴れだしたりする。去勢が原因でこのような状態になったという事例は調べた限り見当たらない。
つまり、去勢=「
母猫の不幸」とは考えづらいと思うのだ。
それでも「わかんないよ。人間の浅知恵じゃわかんないところで不幸なのかもよ」と言うかもしれない。
ああ、そうかもしれない
しかし、次の話を聞いて欲しい。
後者を諦めた場合である。母猫は自由に子を生み、子は次々に殺されてゆく。子の「生存欲求」を無視するわけだ。
安楽死ならまだわかる。しかし崖下に放り投げているわけだ。「生存本能」はあるのだから、死を間近にした恐怖というのは当然その子猫たちにもあるはずだ。
この場合、「生きること」という価値観の無視だけでなく、無用な死の恐怖も子猫たちに与えられているわけである。
そして母猫である。母猫は果たして発情を満たす為だけにセックスし、子を産むのだろうか?だとしたら、どうして母猫は子猫を育てるのだ?「子孫を残すこと」とはただ産むだけではなく、猫の場合においては猫が単独で生きていけるまで保護することであろう。それを果たせなかったとき、母猫は何かしら、本能にそむいたときの負の感情(例えば生存本能なら死の恐怖のような)が生まれる、と考えるのは突飛ではないと思う。
つまり、
子猫の「生きる」という本能だけでなく、結局は母猫の「子孫を残す」という価値観をも無視していることになるだろう。
前者と後者。前者では母猫が犠牲に「なるかもしれな」く、後者では母猫だけでなく子猫も「確実に」犠牲になる。
「価値観はわからない」ではなく、「価値観の全てはわからない」のである。
生物学の途上でわかっている部分くらいは飼い主として知っておくべきである。そしてわかっていたのなら、それに沿って、出来る限り犠牲を少なくしてやるべきだろう。「人間は神ではない」と言う以上はね。
