テストがいくつか帰って参りましてですね、まあ私の場合は勉強時間が露骨に反映するので、惨憺たるものでしたよ。今までにないくらい。このままだとSS50きっちゃいそうで怖いよー・・・。
特に悪いのが理科なんですわ。私は理科が大嫌いなんですよ。理由はよくわかりませんが情緒とかロマンが感じられないからでしょうかね。私は化学と生物を選択しているのですが、目に見えないほど小さな粒にも、受精卵がどのようにして誘導されていくかということにも、まるでそれらを感じないわけです。わかりませんけど、地学をとっていればまた違ったかもと思ってみたり。
でね。昔とある本で、「興味のない勉強をする時間ほど無駄なものはない」って書いてあったのよ。果たしてこれは正しいのだろうか。
確かに、「勉強とは、自分の興味をそそられてやりたくてたまらないからやるものだ」って言われたとしたら、「まあ、そうかな」と思ってしまう。学者さんなんかは絶対にそうでしょう。知りたくてたまらないから研究なさるんでしょうね。
で、興味のない勉強をするというのは実際のところかなりの苦痛を伴います。ましてこれが「成績」「大学」といった、脅迫のような文句によって仕方なくやっているとすれば、もう耐え難いほどです。
しかしながら。高等学校では実に多くの教科を学びます。現代文、古典、数学、英語、地理、日本史、世界史、政治経済、倫理、化学、物理、生物、地学・・それに副教科が加わります。一人でこれらを全部学習するわけではありませんが、それでも6つ7つは最低やっていると思います。
じゃあ、高校生たちはこの両手を使わなければ数え切れない数の教科全てに興味、学習意欲を持っているのでしょうか・・・。
そんな人は稀でしょうね。
まあ、「学問をする」と「勉強をする」のは違うものなのかもしれません。だって義務教育はどうなんでしょう?あれを「最低限身につけておかなければならない教養」として認めるならば、少なくとも小中学校で勉強する時間は興味の有無に関わらず無駄にならないということになります。
しかし義務教育後の学習というのは、基本的に自分の意思で行っていることになります。まして大学は特に専門的な分野を学ぶわけですから、もし大学でやる学問の内容が自分の興味を惹かない内容だとしたら、確かに「無駄なのかもなあ」とは思います。
思いつくまま書いたので何がなんだかわからなくなってしまいました。文章もまとまりがなくなってしまいましたが、敢えて推敲せずに出すことにします。
いつか続きを書くかもしれません。
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