昭和39(1964)年「川柳平安」8月号
埴輪の空洞と胃袋の湾支え 上田枯粒
ロープウエー埴輪の天地タイムマシン
子を愛す埴輪公園とサボテンの鋭角
出土の埴輪色に水底の石のつや
加速の中殺気埴輪の目口に消え
陳列ケースの埴輪にクラゲの顔寄せ
デパート閉門埴輪の夜店となる
マヌカンのねたみ埴輪の私語を除け
パラシュート脹みゆきつく埴輪と化し
埴輪のぞくと吊りさがった鎖がある
夜はほろびず少年と風呂より帰る 山本 礫
失せし真実あすの手足が消えてゆく
従いてくるなよ指差すは暗き視野
仮説の胸にも打ちこまし杭の長さ
這い来たる歴史男さらに這いゆく
ビーナスを記憶に人ら汚れてゆく 堀 豊次
停電の町ゆき記憶の負債未だ
今は老し肩に軽機の重き記憶
きょうの舟底に家族眠れり
新撰苑上位
意識する弱さへ風もしゃがみ込む 服部たかほ
劣等感てのひらでそっとぬくもれり
クーラーまたもブルジョアの顔をする 鶴本むねお
夫婦合唱炎天に灼かれつつ
街の砂漠ロバはパン屋の唄を曳く 坪井枯川
釣針がわたしの顎から離れない
金に踊ってきた男と女の終電車 山本ひよこ
ヒーメンを信じる橋の上の乞食
木魚の歯茎から音の房がでていく 高木祐冶
光のシャッターに挟まれて夜がぶらさがる
一句組に
冷たき星座よ俺の墓標はどこにある 田中博造
マッチ燃えつき乾いた貌になる男女 川村富造
ガラスビンの中で修道女がもだえ 長町一吠
昭和39(1964)年「川柳平安」9月号
虚像くだけば憎しみに凍てし火の 溝口晏子
あすあすの堆積日々に渇きゆく
脳に血をためて階段が重い
きのうへの殺意傾くままおそう
骨肉の鳴るむなしさの幾重にも
孤独知りつくせし爪の色に和す
勝利静かにいのちの貧しさに戻る
静脈をうつ単音を否定せず
色彩に疲れ敗者の夜を奢る
寝息小さく白いカラスの夢を見る
因州いなばの三人娘の情歌三弦に 所ゆきら
十六娘のうれしい悲しみを錐に
十七娘の恥ずかしいおとぎ話は棒に
十八娘の臼に歌わせる施情
かつて妻と来た美作の場にひとり
すでに秋天創の深さはまさぐらじ 山本 礫
夜は秋お前を地下へ突き放つ
サンドマンふらりと佇てり秋の文字
秋夜ひそかに取り出せし帝國の神話
秋の掌に秋の美学はさらになし
憎しみの重さが入っている父の枕 堀 豊次
ある日の夫婦滑稽を笑わず
大ひまわり枯れたり鞄もって歩く
少年の無性に哀し夏終わる
新撰苑上位
東京砂漠急げや急げ実力者 定金冬二
東京砂漠タワーはまったくのピエロ
傷だらけになってあしたへ歩いて行く椅子 服部たかほ
怒りをむしられたネクタイをまた首へ吊るし
嵌された形のままの骨と歩く 山本祥三
夜を煮つめると骨の絶叫のみ
会話の躓きをテーブルクロスが吸う 高木祐冶
粉飾のトンネルを越えて無垢つづく
尖った靴の私語にベースはせせら笑う 山本ひよこ
階段を昇り悲劇を意識しない
草の勲章ワーイかまきりのみやげだぞ 中村土竜
草の勲章哭いて吊る胸薄い胸
心の針が抜けた日の歩幅 乾ふたよ
仮説の上に置いた青い顔である
影が道に媚びて来るから突走る 田中博造
アスファルト焼けても帰れる色がない
脱げそうな思想かぶって群れている 川村富造
執拗に段々畠へ水運ぶ
前号遅着分と思われる
先生が尖った靴をはいている 定金冬二
ゴルフちゅうもんに太郎兵衛も次郎作も
句会から
浜茶屋の砂のつめたい脱衣室 百日亭
きのう貰うた商品券をもう使い 百日亭
陸橋を海の話で親子ゆく 豊次
セニョリータ意味なく消えてザエンド ゆきら
それが湯の花を言う小諸馬子唄 ゆきら
子の靴をさげて叱った子を捜し 冬二
セニョリータの句は、題「せいざ」を五七五の頭に書く折り句。
当時、女性の心性の表出が大流行していた。引用の溝口晏子の十句は、平安川柳社それにあたる句であった。
この流行は直接的に堀豊次の川柳に何かを及ぼすとはなかったが、人情に敏感過ぎるほど敏感であったところからは、女性の前近代性からの解放過程として捉えていたはずである。革新系がこぞって女性の抒情、特に情念の表出を歓迎したことに比べて、豊次は、情念の表出に日常的な桎梏の苦痛とエゴイズムが交錯していることを黙って見ていた。社会の革新の難しさ、革新過程に混在する私性についての如何ともしがたい位相を感じていたと思われる。
私はその辺にまったく無知であった。ただ、溝口の句の書き方が、具体的な体験が書かれずに曖昧だが悲痛な感覚だけが感じられて、評価の仕様がわからぬまま作者の感情の捉えがたさにもどかしさを感じていた。何が書かれているかと自問すれば、答えが言えない、つまり読めているようで読めていない感があり、当時の流行に外れたところでより以上に社会性川柳への思いを深くして行った。
いま思えば
「子の靴をさげて叱った子を捜し」は、いわゆる本格派の書き方の川柳で名作のなかに入る句である。
昭和38(1963)年刊『番傘一万句集』に
弱い子に弱いといってうつむかれ 冬二
がある。このように本格派には良き発想の技術というべきものがある。日常生活の表層をなぞる書き方に発想の底がついたとも思われないが、あれから今日まで、ついぞ、いい句だなあと感心させられる句を聴くことが無い。