人は窮地に立たされたとき、何かに縋りたくなるものだ。それはそれぞれで、宗教だったり占いであったりする。
いつの時代も「占い」は大流行だ。
遊び半分でやる「血液型占い」「カード占い」最近では、「法律占い」等と種類においてはかなりの数が存在するようだ。
友達同士でやる分にはかまわないと思うのだが、人生の大事な分岐点などにおいて、果たして通用するだろうか?
田舎から上京して間もない頃、頼んでもいないのに、占ってもらったことがあった。
歌手を目指していよいよこれからだという時に、「歌手には成れません!」・・・と言われた。
そのときはさすがに温和な僕でさえあまりのデリカシーの無さに、憤慨してしまった。
今こうして「歌手」になれて、皆様にかわいがって頂いているからこそ、笑い話になるのだが、やはり面白半分でやっては頂きたくは無いものだ。
その頃から「うらない」と聞くと「虫唾」が走る。
本物の「占い師」はいるだろう。そういった方々にとっても、非常に迷惑な「似非占い師」
そのことがあってから、僕はますます逆行心と言うか、「負けてたまるか!」という気持ちに火が付いた。
今その「似非氏」は何をやっていらっしゃることやら・・・
おそらく、「あなたに火を付ける為に、あの時そう言ったのよ!」
笑ってそう言うだろう。
今も僕が縋っているものは「自分自身」である。