インドのトイレ革命  様々な話題

本日は、尾籠(びろう)な話で失礼します。
というのは、先日、↓の記事を見つけたからです。

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人口13億を抱えるインドで、
半分近くの人が今だに屋外で用を足しているとされ、
衛生上の問題から
トイレの設置が政府によって進められているものの、
宗教的理由、社会的理由で改善が遅々として進まない、
という話。

今、我々日本人はどこに行っても水洗トイレがあり、
普通にトイレットペーパーを使っていますが、
紙で後始末するというのは、
世界でも半分に満ちません。

そもそも紙が発明される前は、
いろいろなものでお尻を拭いていたわけで、
慶應義塾大学名誉教授の西岡秀雄さんが著した
「トイレットペーパーの文化誌」には、
紙に代わるものとして、
指と水、指と砂、小石、土版
葉っぱ、茎、とうもろこしの毛・芯
ロープ、木片・竹ベラ、樹皮、海綿
布切れ、海藻、雪
などが挙げられています。

その分布は次のとおり。

・指と水:インド、インドネシアほか
・指と砂:サウジアラビアほか
・小石:エジプト
・土版:パキスタン
・葉っぱ:旧ソ連、日本ほか
・茎:日本、韓国ほか
・とうもろこしの毛・芯:アメリカ
・ロープ:中国、アフリカ
・木片・竹ベラ:中国
・樹皮:ネパールほか
・海綿:地中海諸島
・布切:れブータンほか
・海藻:日本
・雪:スウェーデン

ピラミッド観光の男性ガイドたちは、
ポケットに小石を数個入れているといいます。
砂漠で大便をした後、お尻を拭くためです。
砂漠に落ちている小石は熱いので、
拾ってもすぐに使えませんから、
あらかじめポケットで冷やしておくのです。
使い終えたら小石は捨てますが、
灼熱の砂漠なので自然に消毒できる、というわけ。

この本が出版された時(1987年)の
世界人口は約55億人。
西岡さんは「世界人口の3分の1しか紙は使っていない」
と書いています。
それから30年経ち、
今のトイレットペーバーの生産量(約34003400万トン)で類推すると、
世界人口の2分の1
つまり35億人くらいは紙を使っているといいます。

日本で紙が使われるようになったのは、江戸時代。
私の子供の頃、ちょっと色の濃い、
質の悪いチリ紙がトイレに置かれていました。
名称は「落とし紙」。
家によっては、新聞紙を適度な大きさに切って使っていました。
その頃は当然ボットン便所。
定期的に肥桶で回収され、
野菜の養分となり、
それが寄生虫に感染する原因となっていました。

昭和30年代に入って、
水洗トイレが普及。
ボットン便所は田舎だけのものとなり、
やがて姿を消し、
同時に「バキュームカー」というものもなくなりました。

その前提には下水の整備があったわけで、
私たちが何気なくトイレに流しているものが、
張りめぐらされた下水管を通じて集められ、
浄水場で浄化されてから海に流される、
東京という1300万人もの大都会の
洗濯水、料理水、風呂の水、トイレの水が
どうやって処理されているのか、
気が遠くなるものがあります。

ところで、インドですが、
屋外、屋内問わず、
水で処理するのが一般的で、
トイレには、水をためたバケツがあり、
お尻を洗うようになっています。

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公衆トイレに行く時は、
小さなカップに水を入れたものを持って入ります。
水と共にお尻をきれいにするのは左手と定められており、
従って、左手は不浄なものとして、
インドの人は食事をする時、右手しか使いません。
しかし、料理人は左手は使うはずで、
そのあたりはどうなっているのか。
また、日本に来たインド人が
寿司職人が左手にシャリを持って寿司を握るのを見て、
どう思うのか、
一度訊いてみたいものです。

世界で日常的に野外での排泄を強いられる人口は
約9億5千万人と推計されていますが、
うち、インドが半数を占め、
5億6425万人が屋外で用を足しているとされています。

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これが様々な問題を発生させています。

まず、衛生問題
インドで幼児(5歳未満)の死因の17%は下痢とその合併症で、
原因の8割が排泄物に含まれる雑菌の経口感染です。
井戸や水源付近で排泄が繰り返され、
水が汚染されるからです。

次に安全問題
北部ウッタルプラデシュ(UP)州では14年5月、
用を足すために家の外に出た10代の少女2人が
複数の男に性的暴行を受け、殺害される事件が発生しました。
各地では、このように
野外で女性が性的暴行被害に遭うケースが頻発しています。
排泄中に野犬や蛇に襲われることもあります。

2014年からモディ首相の強い意向で、
トイレ設置計画「スワッチ・バーラト(クリーン・インディア)」プロジェクト
が立ち上がりました。
19年までに屋外排泄ゼロを目指し、
約1億2千万世帯へのトイレ新設を目指すというもの。

以前、ペルーを旅行した時、
農家の庭にブルーの小屋が建っているのを見ましたが、

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衛生状態の改善のためにフジモリ大統領が設置したトイレだと聞きました。

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クリーン・インディア計画の実際はどうか。
首都ニューデリーから車で3時間、
政府主導でトイレが行き渡ったというガダワリ村
ガンジス川沿いの人口500人ほどの小さな村ですが、
「この村には95%の家庭にトイレが敷設された。
政府のキャンペーンの大きな成果の1つだ」
と担当者は言いいます。
確かに各家庭の庭先にコンクリート製のトイレが設けられています。
過去にトイレを持つ家庭は皆無でしたが、
2015年から政府の援助で設置されたものです。

しかし、実情は、
「建てられた99%が使われていない。
政府は本当にただトイレを作っただけだから」
と話す住民。
わずか3年前の設備にも関わらず、
多くはドアが壊れ、使用されている形跡がありません。

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トイレこそ完成しましたが、
上下水道は整備されず、
埋設されたタンクのくみ取り作業もなく、
雨期には排泄物があふれかえり、悪臭が漂います。
その結果、物置として使われることがほとんどで、
村人は依然として道端や草むら、
線路をトイレ代わりにしています。
その一人の女性は、                               
夜にひっそりとガンジス川河川敷に行って用を足すといいます。
「外は恥ずかしいし、怖い。
それでも家のトイレでよりは清潔だ」

「家のトイレでよりは清潔だ」とは、すごい言葉です。
トイレを作っただけで、下水を整備しなければ、
当然、そういう結果になります。
しかし、日本でもボットン便所の
排泄物収集システムはあったわけですから、
下水なしにもやれるのでは?
という疑問に対しては、次の答えがあります。

インドの家庭にトイレが根付かない理由・その1。
インド最大の宗教、ヒンズー教との関係
ヒンズー教では「浄」と「不浄」という概念が重視されるため、
トイレは不浄で遠ざけるべきものという意識は伝統的に根強く、
農村部では家を建てる際に
ヒンズー教の僧侶がトイレを建てないことを勧めることもあるといいます。
家から「不浄」を切り離すためです。

インドの家庭にトイレが根付かない理由・その2。
インド社会に隠然と残る
ヒンズー教の身分制度「カースト」の影響
高位カーストが不浄な職に携わることはありえないため、
排泄物処理など不浄な作業は、
基本的には下位カーストの仕事という認識が根強いのです。
くみ取り式トイレの掃除や処分は
「低カーストの人たちの仕事」という抵抗感から敬遠され、
その結果、トイレを設置しても誰も管理しないため、
使われなくなるというのです。

モディ氏は演説で、「トイレが第一、寺院はその次」と言い、
あえて宗教よりも、公衆衛生の優先順位は高いと言及したとおり、
モディ氏が進めるトイレ改革は、
インド人の考え方を変えていく作業にほかなりません。
また、別の有識者は、
「インドを清潔にしようという活動は意義としては賛同できるが、
カーストの問題を放置していては、抜本的な解決にならない」
と断言しています。
インドでは、下水が詰まった際、
排水管内部に入って手作業で清掃する人たちが3万人ほどいますが、
全員が低カーストの人たちです。
「不浄なことは『すべて下位カーストに任せる』という思考が
国民に染み込んでいる。
トイレ改革を通じて、インド人の意識が変わることを願う」

とこの有識者は話しています。

このように、インドのトイレ改革の最大の障害は、
宗教とカースト制。
長年の習慣を打破するのは、そう簡単ではありません。

ところで、お隣のバングラデシュ
インドより前にトイレ改革に着手し、
成功しました。
2003年に43%だった屋外排泄率を、
15年には1%まで減らしました。
それには、毎年、国の開発予算の4分の1をトイレ設置に使用。
すごい意気込みです。
特に屋外で用を足すデメリットの周知活動に力を入れました。
地元NPO関係者は
「トイレだけ作っても意味がなく、教育こそ重要だ」と話しています。
また、バングラデシュはヒンズー教ではなく、
イスラムの国
少なくとも宗教的障壁はないようです。

まもなく、中国を越えて、
世界一の人口を抱えるようになるインド。
なにしろ数が多いですから、
この国の国民が冷蔵庫を買い揃え、
食品を貯蔵するようになると、
世界の食料が枯渇する、
という説もあるくらい。
この国の人々が紙を使うようになったら、
どういうことになるでしょうか。

来日した外国人が驚くほど
清潔なトイレが整備されている日本。
駅でもデパートでも、
臨時に使えるトイレはどこにもあります。
その上ウォッシュレットが普及し、
手を使わずにお尻を処理できる。
インドの人々にとっては
夢のような国、ニッポンです。


オウム真理教の死刑執行  様々な話題

オウム真理教による一連の事件をめぐって
死刑が確定していた麻原彰晃はじめ7人の死刑が、
昨日執行された。

今、麻原彰晃と呼び捨てにしたが、
麻原彰晃死刑囚
などという呼び方は本当に変だと思う。

1980年代半ばまでは、
放送も新聞も逮捕された段階で呼び捨てにしていたが、
呼び捨てにされた人が名誉毀損で裁判に持ち込んだ例もあり、
次第に呼び捨てを避けるようになった。

その理屈は、
被疑者は無罪を推定されている立場であり、
基本的人権の観点から呼び捨ては適正でない、
ということのようだ。

ならば、裁判で有罪になれば、
呼び捨てでもよさそうなものだが、
一度出来上がった形は元には戻らない。

従って、逮捕段階では○○容疑者、
裁判が始まると○○被告、
判決が下りると、
○○受刑者、○○死刑囚などという呼び方になる。
大韓空港爆破事件の犯人に至っては、
金賢姫元死刑囚という妙チキリンな呼び方をしていた。

今回の死刑執行については、
遅きに失したという印象が強い。
刑事訴訟法では、
判決確定の日から6ヶ月以内
法務大臣の命令で執行しなければならないのだが、
共同被告人であった者に対する判決が確定するまでの期間は
算入されないこととなっており、
今年1月、最後の裁判が終わったことにより、
その枷は外れた。

あとは法務大臣の判断によるのみで、
執行を決断した上川陽子法務大臣は、
女性ながらエライと思う。

このたびの執行に対しては、いろいろなことを言う人々がいるが、
法律の定めに従い、
粛々と執行する
ことのどこが悪い。
悪いのなら、法律の改正を言うべきだろう。

なお、未だに執行待ちの死刑囚は約120人程おり、
死刑囚には懲役は課せられないから、
ただ漫然と生きている人々に
国のお金(税金)が使われているのである。
執行延長の理由として最大を占めるのは、
再審の請求で、
これが延命の理由になっている。

↓は、死刑囚の独房。

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人の命を奪っておいて、
自身のうのうと生き長らえるのは理不尽で、
公正な裁判で情状酌量も経た上で
死刑判決が出たのなら、
あとは法律に従い、すみやかに執行してもらいたい。
死刑が執行されたところで、殺された人の命は戻らないが、
残された遺族の感情は多少でもやわらぐことだろう。

アメリカでは、死刑執行に
被害者の遺族を立ち会わせるところもあるくらいだ。

EUが麻原彰晃らの刑が執行されたことに反対する声明を出した。
「被害者やその家族には心から同情し、
テロは厳しく非難するが、
いかなる状況でも死刑執行には強く反対する。
死刑は非人道的、残酷で
犯罪の抑止効果もない」
とし、
そのうえで「同じ価値観を持つ日本には、
引き続き死刑制度の廃止を求めていく」
とした。

大きなお世話
死刑が非人道的であるなら、
その原因である殺人行為は非人道的ではないのか。
奪われた命はどうしたら償えるのか。
遺族の感情はどうなるのか。
反対論者は、自分の身内が残忍な殺され方をされても
なお主張出来るかを経験してから言ってくれ。

今回の死刑執行された事件は、
1989年11月の坂本堤弁護士一家3人殺害事件
1994年6月の松本サリン事件(住民8人を殺害)
1995年3月の地下鉄サリン事件(13人を殺害)
など計13の事件で29人を殺害した罪を問われたもの。

国家転覆を図って、
毒ガスを製造し、
それを散布して無差別殺人をもくろむ、
という前代未聞の凶悪犯罪だ、
死刑判決も執行も当然のことだ。

インターネット上では
「執行まで長すぎる」
「ひょっとしたら執行されないんじゃないかと思ってた」
などの声が上がっているから、
執行によって一つの正義が貫かれたことは確かだ。

遺体引き取りの課題、
麻原の神格化などの問題が残るが、

(その後、麻原彰晃が生前「遺灰を四女に」と、
死刑執行後の遺体の引き渡しについての意思を示していたことが、
判明した。
四女は麻原に対して批判的な立場なので、
悪利用されることはないだろう)

あきれるのは、継承した団体がいまだに活動していること。
麻原に帰依しているというが、
写真でも見て分かるように、
うさんくさい、薄汚れた男のどこに帰依の要素があるのか分からない。

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死刑執行によって、真相が分からなくなった、という声もあるが、
あれだけの長期の裁判の過程で分からなかったものが
今更どうしたら分かるというのだろう。
そもそも、「分からない」というのが分からない。

一人の異常な能力を持った詐話師が、
国家転覆の妄想に取りつかれ、
それを世間知らずの高学歴者を巻き込んで、
踏み越えてはならない一線を越えてしまった、
という以上、何を分かりたいのだろう。

犯罪は頭の中にはあっても、
それを実行するには、深い渕を越えなければならない。
殺人、中でも無差別殺人に踏み切るということは、
正常者には出来ないことだ。

異常者の頭の中は、
正常者の想像を越えている。
正常者が異常者の内面を理解しようとしても、
それは無理だ


だから、オウム真理教の一連の事件を
どう理解しようとしても、
高い壁がそそり立っている。

従って、実行した犯罪そのものを裁き、
懲役者は、刑期をつとめて償い、
死刑囚は執行を受ける、
それこそ、法治国家というものだ。


話は飛ぶが、
千葉県松戸でベトナム人の小学3年生を
暴行し、殺害した事件で、
地方裁判所は検察の死刑求刑に対して、
無期懲役の判決を下した。
被告の主張は、
被害者の体内から出た被告の体液のDNAは、
警察が混入させたものだという。
こんな主張を真に受けて無罪を主張した弁護団もどうかしている。
弁護士というのは哀しい職業だ。
彼が犯人であることは、
取り調べに対して一切口を開かなかったことからも明らかだ。

わずか9歳の女の子を
自分の欲望を満たすために連れ去り暴行し、
絞め殺すなど、
一言で言って「人間じゃない」所業。
判決は「わいせつ行為の特異さをもって、
殺害行為の執拗性・残虐性と同じに評価できない」
として無期懲役を言い渡したが、
何を言っているか分からない。

まだまだ将来のある9歳の女の子、
おしゃれをして、恋をして、
結婚して、育児をしたいという
全ての未来の願望を断った犯人に対して
どんな酌量があるというのか。

通学路に立って女の子を物色し、
いやがる女の子を車に押し込んで、
暴行し、殺害した異常な犯罪者に、
どんな猶予すべきところがあるのだろう。


話はオウム真理教に戻るが、
以前にも紹介した
麻原彰晃の三女・アーチャリーのツイッターが炎上しているという。
この女性は、松本麗華さんといい、
麻原の娘であることを実名で明かし、
顔出しどころか、本まで出版した人だ。

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そのことについての本ブログは、↓をクリック。

「止まった時計」

ツイッターの悪意の投稿は、
くだらないものだが、
彼女の次のような記述は問題だ。

7月3日に
「もう少し自由に生きたいと思う、今日この頃…」と投稿。
「麻原死刑囚の三女」「アーチャリー」と呼ばれ続けることへの
葛藤をこう綴った。

「父の娘である限り、オウムと関連付けられ、
自由に発言することもできないのだろうか。
私は私であり、父の付属物でもオウムの付属物でもない。
事件から23年経っても、
私という個性を認められない
その感覚がそもそも差別なのではないのか」

「私はオウムを肯定するつもりはまったくない。
ただ、黒は黒。赤は赤と言いたい。
物事は100ゼロではなく、グラデーションなのではないのか。
オウムに悪いところはたくさんあった。
私もオウムへは入らない。
でも、いいところもあった。
それだけ。
分からないのかなぁ。この感覚」


あまりの自己中心さにあきれるが、
これに対してのネットの反応は次のとおり。

○これを読んだとき、三女自身も問題あると思った。
あんなテロを起こした団体に
「いいところもあった」は許されないこと。

○「分からないのかなぁ。この感覚。」
→分かりません。分かろうと思っても無理でした。

○黙って質素に暮らしてればまだしも、
ドヤ顔で娘です!って感じで
メディアに出てくると、
なんなの?って思われてあたり前だと思う。

○オウムの遊びのように殺された人々のことを思えば
いいところがあったなんて口が裂けても言えないはず。
可愛そうだが偏見でも差別でもなく
私は関係ないと思ってんだろうからそんなことを言ってしまう。
多くの方がなくなり、今まだ後遺症に苦しんでる人がいる。

○被害者の気持ちになれば犯罪者の身内が
テレビに出てるだけで不愉快になりそうな気がする

○覚悟の上での顔出しでしょ?
当然の結果だと思うが

○顔出しして、名前出して、
素性を明かして生きることを選んだのは彼女。
賛否両論あって然るべきなのも分かるけど、
なんだか「こじれてる」感じが拭えない…。

○隠れて細々と暮らせば良い。
ワザワザ人前に出るから叩かれる。

○親は選べない。
誰にも分からない苦しみはあるのでしょう。
ただ、被害者、ご遺族がいて、
生涯苦しみから解放されない可能性も高い中で、
オウムにもよいところがあった、
と言うのは控えた方が良いと思います。
それはそう思っていても、心にしまっておくべき。
オウムがグレーか黒かなど、論じる価値もない。
当時の彼等は誤った思考、行為で
沢山の人を不幸にした。それだけでしょ。

○そもそも立場上ツイッターを使うのが間違ってるんじゃ

○ドヤ顔でメディアに出てくるだけで、
被害者の神経は逆撫でされると思う
現に今やっていることも、オウムのマスコット。
サリンには関わってなくとも、
それ以降のオウムと無関係ではない。

○俺が遺族だったらこの発言を聞いたら冷静でいられないと思う。
大変な運命だと思うが絶対に
オウムにもいいとこがあったなんて言ってはいけない!
罪もない人を赤ちゃん含めて何人殺したと思っているんだ?
分かる訳ねぇだろその感覚!

○これ、喧嘩売ってるとしか思えない。
何人死んだと思ってるのか。
普通に生きたい、静かに過ごしたいと思うなら、
Twitterやめろと言いたい。
やってもいけど、オウムのことは言うべきでない。

○親子の縁なんて籍抜いて切れるし、
呪縛にこだわってるのはアーチャリー本人。
未だに事実から目を背けている、
あなたの生みの親は大量無差別殺人を行なった異常者で
存在自体が許されないもの、
オウムにいいところがあった?
おかしな話、単なる犯罪集団、世の中の悪、

○この子の葛藤は解らないでもないが、
しかし”いいところもあった”とのコメントには、
矢張りこの子は普通の子と違うDNAがあるのかな、
という感じがする。

○かわいそうな人生と思っていたけど
わからないのかなぁーって…
その上から目線はなんだろう。
100ゼロはないって、沢山の命を奪って
今でも苦しんで、人生めちゃくちゃにされた人が沢山いるのに、
思うのは自由だけど
それをつぶやくのは、どうかしてる。
わからないのかなぁー。

○子は親の罪を背負いながら生きていかなければならない。
可哀想ではあるが、それは宿命だと思う。
素性を隠しながら生きていこうとするのが普通だと思うが、
自ら素性を明かしてしまうというところで
普通の人とはズレてるのかなと思う。

○結局、アーチャリーだのチヤホヤされていた
良い思い出が彼女にはあるのでしょう。
生きていれば、教団に担ぎ出される可能性はあり、
世間では、彼女の存在は疎むものでしかない。
本など出版する自己中心さが世間で
バッシングされても当然だと思う。

そして、↓決定打

○やっぱ父親に似てるね


芸能人のギャラ  様々な話題

テレビを観ていて、
「この人、一体いくらギャラもらっているんだろ」
と思ったこと、ありませんか。
カミさんは、
「そんな、人の財布の中身なんか気にすることないわよ」
とたしなめますが、
まあ、みなさんも多少の関心はあると思いますので、
ある資料に基づき、掲載します。

ただし、バラエティ番組に登場する芸能人のみで、
役者のギャラは不明。
民放のゴールデン1時間番組の出演料を算出。
(昼番組、深夜番組などとは別)

300万円
ビートたけし、タモリ、明石家さんま、志村けん、所ジョージ

250万円
笑福亭鶴瓶、石橋貴明、木梨憲武

200万円
堺正章、松本人志、浜田雅功、古館伊知郎

150万円
内村光良、加藤浩次、中居正広、関口宏、みのもんた、草野仁

120万円
南原清隆、太田光、田中裕二、岡村隆史、矢部裕之、
名倉潤、原田泰造、堀内健、上田晋也、
黒柳徹子、上沼恵美子、久本雅美

110万円
有吉弘行、谷原章介

100万円
今田耕司、東野幸治、三村マサカズ、大竹一樹、桜井翔、
田村淳、田村亮、有田哲平、坂上忍、千原ジュニア、
城島茂、長瀬哲也、国分太一、松岡昌宏、香取慎吾、
中山秀征、和田アキ子、池上彰、梅沢登美男、林修

80万円
マツコ・デラックス、後藤輝基、田中直樹、遠藤章造、
村上信吾、井ノ原快彦、石坂浩二、羽鳥慎一

70万円
設楽統、日村勇紀、宮迫博之、蛍原徹、
渡部建、ヒロミ、徳井義実、出川哲朗

60万円
小杉竜一、吉田敬、宮川大輔、小藪千豊、
高田純次、関根勤、陣内智則

50万円
福田充徳、藤森慎吾、中田敦彦、博多華丸、博多大吉、
小木博明、矢作兼、田原俊彦、西田敏行、立川志の輔、
春風亭昇太、桂文枝、森本毅郎、山瀬まみ、優香

40万円
岩尾望、大悟、ノブ、山崎弘也、ウエンツ瑛士、
SHELLY、蛭子能収、土田晃之                           

                                           「なんで、この人、こんなに高いの」
「えっ、この人、こんなに安いのか」
「なんで、この人の方が、あの人より高いの」

と、いろいろ感じたことでしょう。
そう思いながら、テレビを観るのも一興かと。



世界の軍事力ランキング  様々な話題

人類の歴史は戦争の歴史である。
国と国が争い、侵略し、追い払い、再興し、
中には亡んでいった国も多い。
国が亡びるとは、
国土と国民と主権を失うことである。
日本は大東亜戦争で敗北したが、
国土と国民は残り、
やがて主権を回復して存続した。

第1次世界大戦、第2次世界大戦の教訓を得て、
戦争抑止の世界的潮流はあるが、
ベトナム戦争、中東戦争、イラク戦争、ユーゴ内戦など、
まだまだ戦争の火種は尽きない。

しかし、今は侵略戦争をすれば国際世論が黙っていないし、
なにより戦争を起こした後の荒廃と復興のコストを考えれば、
そう簡単に戦争という手段に訴えることが得策ではないと、
世界は考えている。
北朝鮮など、
80年前ならば、確実に戦争となった例だが、
戦争を起こしたくない世界は、それを許さない。

しかし、それに反比例して軍事力は増強され続けている。
それが戦争の抑止力になっていることも確かだ。
戦争をしないためのコスト。
それが軍事力である。

では、どこの国がどれほどの軍事力を持っているか、
グローバル・ファイヤーパワー(Global Firepower)の
「2017年軍事力ランキング」では、
50以上の要素を総合的に評価して
世界133カ国の軍事力指数(Power Index )を算出した。

意外な国が予想を越える軍事力を持っていたり、
その反対もある。
そのベスト25を紹介しよう。

ランキングは各国が保持する武器の種類を査定したうえで、
特に兵員数に注目している。
また地理、兵站能力、利用可能な天然資源、
そして産業の状態なども考慮している。
核兵器保有は追加スコアとして加算されているが、
核兵器保有量はスコアに含まれていない。
さらに、内陸部にあり海軍を持たない国は
スコアを減らされてはいないものの、
海運能力を持たない点で不利になっている。
海軍を保有していても、その兵力に多様性がない場合も同様だ。

NATO(北大西洋条約機構)加盟国は、
理論上は他の加盟国とリソースを分かち合っているため、
わずかにボーナス点が加算された。
しかし一般的に、
現時点での各国の政治的・軍事的指導力の要素は考慮されていない。

1位 アメリカ
軍事力指数 :0. 0857
人口 :3億2399万人
兵員 :236万3675人
航空戦力 :1万3762人
戦闘機 :2296機
戦車 :5884台
主要艦艇 :415隻(航空母艦19隻)
軍事予算 :5878億ドル(約62兆6400億円)

2位 ロシア
軍事力指数 :0.0929
人口: 1億4235万人
兵員 :337万1027人
航空戦力 :3794人
戦闘機 :806機
戦車 :2万216台
主要艦艇 :352隻(航空母艦1隻)
軍事予算 :446億ドル(約4兆7500億円)

3位 中国
軍事力指数 :0.0945
人口 :13億7354万人
兵員 :271万2500人
航空戦力 :2955人
戦闘機 :1271機
戦車 :6457台
主要艦艇 :714隻(航空母艦1隻)
軍事予算 :1617億ドル(約17兆3100億円)

4位 インド
軍事力指数 :0.1593
人口 :12億6688万人
兵員 :420万7250人
航空戦力 :2102人
戦闘機 :676機
戦車 :4426台
主要艦艇 :295隻(航空母艦3隻)
軍事予算 :510億ドル(約5兆4400億円)

5位 フランス
軍事力指数 :0.1914
人口 :6683万人
兵員 :38万7635人
航空戦力 :1305人
戦闘機 :296機
戦車 :406台
主要艦艇 :118隻(航空母艦4隻)
軍事予算 :350億ドル(約3兆7300億円)


6位 イギリス
軍事力指数 :0.2131
人口 :6443万人
兵員 :23万2675人
航空戦力 :856人
戦闘機 :88機
戦車 :249台
主要艦艇 :76隻(航空母艦2隻)
軍事予算 :457億ドル(約4兆8700億円)

7位 日本
軍事力指数 :0.2137
人口 :1億2670万人
兵員 :31万1875人
航空戦力 :1594人
戦闘機 :288機
戦車 :700台
主要艦艇 :131隻(航空母艦4隻)
軍事予算 :438億ドル(約4兆6700億円)

8位 トルコ
軍事力指数 :0.2491
人口 :8027万人
兵員 :74万3415人
航空戦力 :1018人
戦闘機 :207機
戦車 :2445台
主要艦艇 :194隻
軍事予算 :82億ドル(約8700億円)

9位 ドイツ
軍事力指数 :0.2609
人口 :8072万人
兵員 :21万
航空戦力 :698人
戦闘機 :92機
戦車 :543台
主要艦艇 :81隻
軍事予算 :392億ドル(約4兆1800億円)

10位 エジプト
軍事力指数 :0.2676
人口 :9466万人
兵員 :132万9250人
航空戦力 :1132人
戦闘機 :337機
戦車 :4110台
主要艦艇 :319隻(航空母艦2隻)
軍事予算 :44億ドル(約4700億円)


11位 イタリア
軍事力指数 :0.2694
人口 :6200万人
兵員 :26万7500人
航空戦力 :822人
戦闘機 :79機
戦車 :200台
主要艦艇 :143隻(航空母艦2隻)
軍事予算 :340億ドル(3兆6200億円)

12位 韓国
軍事力指数 :0.2741
人口 :5092万人
兵員 :582万9750人
航空戦力 :1477人
戦闘機 :406機
戦車 :2654台
主要艦艇 :166隻(航空母艦1隻)
軍事予算 :438億ドル(約4兆6700億円)

13位 パキスタン
軍事力指数 :0.3287
人口 :2億199万人
兵員 :91万9000人
航空戦力 :951人
戦闘機 :301機
戦車 :2924台
主要艦艇 :197隻
軍事予算 :70億ドル(約7500億円)

14位 インドネシア
軍事力指数 :0.3347
人口 :2億5831万人
兵員 :97万5750人
航空戦力 :441人
戦闘機 :39機
戦車 :418台
主要艦艇 :221隻
軍事予算 :69億ドル(約7400億円)

15位 イスラエル
軍事力指数 :0.3476
人口 :817万人
兵員 :71万8250人
航空戦力 :652人
戦闘機 :243機
戦車 :2620台
主要艦艇 :65隻
軍事予算 :155億ドル(1兆6500億円)


16位 ベトナム
軍事力指数 :0.3587
人口 :9526万人
兵員 :548万8500人
航空戦力 :278人
戦闘機 :76機
戦車 :1545台
主要艦艇 :65隻
軍事予算: 34億ドル(約3600億円)

17位 ブラジル
軍事力指数 :0.3654
人口 :2億582万人
兵員: 198万7000人
航空戦力 :697人
戦闘機 :43機
戦車 :469台
主要艦艇 :110隻
軍事予算: 245億ドル(約2兆6100億円)

18位 台湾
軍事力指数 :0.3765
人口 :2346万人
兵員 :193万2500人
航空戦力 :850人
戦闘機 :286機
戦車 :2005台
主要艦艇 :87隻
軍事予算: 107億ドル(約1兆1400億円)

19位 ポーランド
軍事力指数 :0.3831
人口 :3852万人
兵員 :18万4650人
航空戦力 :465人
戦闘機 :99機
戦車 :1065台
主要艦艇 :83隻
軍事予算 :94億ドル(約1兆円)

20位 タイ
軍事力指数 :0.3892
人口 :6820万人
兵員 :62万7425人
航空戦力 :555人
戦闘機 :76機
戦車 :737台
主要艦艇 :81隻(航空母艦1隻)
軍事予算 :54億ドル(約5800億円)


21位 イラン
軍事力指数 :0.3933
人口 :8280万人
兵員 :93万4000人
航空戦力 :477人
戦闘機 :137機
戦車 :1616台
主要艦艇 :398隻
軍事予算 :63億ドル(約6700億円)

22位 オーストラリア
軍事力指数 :0.4072
人口 :2299万人
兵員 :8万1000人
航空戦力 :465人
戦闘機 :78機
戦車 :59台
主要艦艇 :47隻(航空母艦2隻)
軍事予算 :241億ドル(約2兆5700億円)

23位 北朝鮮
軍事力指数 :0.4218
人口 :2511万人
兵員 :644万5000人
航空戦力 :944人
戦闘機 :458機
戦車 :5025台
主要艦艇 :967隻
軍事予算 :75億ドル(約8000億円)

24位 サウジアラビア
軍事力指数 :0.4302
人口 :2816万人
兵員 :25万6000人
航空戦力 :790人
戦闘機 :177機
戦車 :1142台
主要艦艇 :55隻
軍事予算 :567億ドル(約6兆400億円)

25位 アルジェリア
軍事力指数 :0.4366
人口 :4026万人
兵員 :79万2350人
航空戦力 :502人
戦闘機 :89機
戦車 :2405台
主要艦艇 :85隻
軍事予算 :106億ドル(約1兆1300億円)


孤独のススメ  様々な話題

文春オンラインに、
「なぜ日本のおじさんは『世界一孤独』なのか?」
という記事が出ていた。

最新版・世界各国の「繁栄指数」を見てみると、
社会や地域における人々の信頼関係や結びつきを表す
「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」のランキングで、
日本は全世界149カ国中、101位。
先進国の中では最低だといいます。

なかでも深刻な状態にあるのが中高年の男性。
コミュニケーション戦略の専門家で、
『世界一孤独な日本のオジサン』 (角川新書)の著者である
岡本純子氏が衝撃的なデータとともに、
日本のおじさんたちが「孤独」に陥っている理由と
健康へのリスクを解説します。


孤独な人は、早死リスクが50%高くなる

「中高年の男性にとって最大の脅威は喫煙でも肥満でもない。
それは孤独だ」(ボストン・グローブ紙)、
「慢性的な孤独は現代の伝染病」(フォーチュン誌)――。
海外では、
「孤独」は健康に甚大な影響を与える最大のリスクである、
という認識が急速に広がっている。

その根拠となっているのが、
近年、欧米で明らかになった数多くの学術的研究だ。
約30万人以上のデータを対象としたアメリカの調査では、
「孤独な人は、人的つながりを持つ人に比べて
早死リスクが50%高くなる」という結果が出た。
また、「孤独」の死亡リスクに対する影響は
(1)一日にタバコ15本を吸うことに匹敵、
(2) アルコール依存症であることに匹敵、
(3) 運動をしないことよりも大きい、
(4) 肥満の2倍大きい、
と結論づけられた。
孤独は心臓病や認知症など
多くの疾患のリスクを高めることもわかっている。

昨年10月には、
アメリカ連邦政府の前公衆衛生局長官、ビベック・マーシー氏が
「孤独は深刻化する伝染病」であり
「病気になる人々の共通した病理(病気の原因)は
心臓病でも、糖尿病でもない。孤独だった」
という論文を発表し、話題を集めた。

2018年1月17日には、イギリス政府が、
「孤独担当相」を新たに任命すると発表して、
世間を驚かせたが、
これは、この切実な問題に国を挙げて取り組むべき、
という危機意識の表れだった。

日本は世界に冠たる孤独大国になりつつある

こうした流れと逆行するように、
日本では、「孤独のすすめ」「おひとりさま」「ぼっち」などと、
「孤独」を美化し、奨励する考え方が
人気を集めているが、
実はその裏で、日本は世界に冠たる孤独大国になりつつある。
国際機関OECD(経済協力開発機構)の調査(2005年)によれば、
友人、同僚、その他コミュニティの人と
「ほとんど付き合わない人」の比率は15.3%と
平均(6.7%)の2倍以上、加盟国中トップだった。
オランダの2.0%、アメリカの3.1%、
ドイツの3.5%などに比べると差は歴然だ。
未婚率や一人暮らしの家庭も増加している。

「孤独に耐えろ」は「水を飲まずに我慢しろ」と同じくらい残酷

「孤独」とはそもそも、
「頼りになる人や心の通じ合う人がなく、
ひとりぼっちで、さびしいこと(さま)」を指す。
「孤」は「みなしご」を意味し、
誰にも頼れず、精神的に「孤立」し、
苦痛を覚えるというネガティブな主観だ。

一方で、日本では、
「独りで独自」の時間を過ごし、楽しむことをも
「孤独」ととらえられている。
英語では、ポジティブな意味合いの「Solitude」
(個人が能動的・自発的に一人を楽しむこと)と、
ネガティブな「Loneliness」
(自らの意思に反して、疎外感や孤立感を味わうこと)
とに分かれているが、日本語では、
「個独」という「良いこどく」と、
「孤独」という「悪いこどく」がひとくくりになり、
結果として、「孤独」が美化されているきらいがあるように感じる。

人間は本来、自らの生存のために、
何より、他者との結びつきを必要とする「社会的動物」だ。
敵を倒すために共に戦う。
食べ物を共に確保し、分け合う。
孤立はすなわち「死」を意味していた。
「孤独」は、のどの渇きや空腹、
身体的な痛みと同じ脳の回路によって処理され、
同等、もしくはそれ以上の苦痛をもたらす。
そのつらさを避けようと、
水を飲んだり、食べ物を口にするように、
孤独な人も「苦痛」から逃れるために、
自らつながりを求める。
これが人を孤独から遠ざける、
本能的なディフェンスメカニズム(防御機能)の基本的な仕組みだ。
つまり、孤独な人に「孤独に耐えろ」というのは、
水を求める人に「水を飲まずに我慢しろ」というぐらいに
残酷なことでもある。
しかし、我慢強さが美徳の日本では
「孤独」という気持ちにフタをして、
それに耐えるべきだという精神論がまかり通っている。

日本は「ソーシャル・キャピタル」が先進国最低の101位

孤独には「コミュニティ」と「コミュニケーション」の欠如という
二大要因がある。
前者の観点で見ると、「地縁」「血縁」という
昔からのセーフティーネットが
都市化や核家族化などで消滅しつつある中、
それに代わる「コミュニティ」が欠落しているのが
日本社会の大きな問題だ。
家族以外のネットワークやコミュニティ、
ボランティアや地域活動への参加などといった
社会や地域における人々の信頼関係や結びつきを表す
「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」が極端に低いのだ。
イギリスのレガタム研究所の2017年版のランキングによると、
日本は全世界149カ国中、101位。
先進国中では最低で、
ルワンダ、イラン、ニカラグア、ザンビア、ガーナなどを下回った。
日本はほかの指標、
例えば「健康」や「安全性」などでは高い数値を獲得しているが、
この「ソーシャル・キャピタル」だけが突出して低い。

「仕事が、生きがいなわけではない」。そう思っていても

全国民の問題となりつつある孤独だが、
特に事態が深刻なのが、中高年の男性だ。

前述のOECDの調査では、
「友人や同僚もしくはほかの人々と時間を過ごすことのない人」の割合は
日本の男性が16.7%と21カ国の男性中、最も高かった。
平均値の3倍に近く、スウェーデン人男性の約1%、
アメリカ人男性の約4%などと比べても突出した水準だ。

その背景には、日本の特殊な労働文化がある。
長時間労働の中で、友人や趣味などを作る暇もなく、
汗水たらして働き、
気がつくと退職の日を迎えるという人も少なくない。
今や就業人口の約9割が「サラリーマン」。
散々、「やりがい」を搾取された挙句に、
定年で会社システムから「強制退去」という憂き目にあう。
転職することもなく、一生、
同じ会社に働き続けることの多い日本のオジサン。
40年近くも引っ越しもせず、
住み慣れた「家」を追い出される恐怖感・絶望感は、
例えようのないものだろう。

「仕事が、生きがいなわけではない」。
そう思っていても、やりがいや仲間、
居場所を提供してくれていた職場を失い、
「認められない」「必要とされていない」といった思いにとらわれる。
まるで、自分が「透明人間」になってしまったような
寂しさと満たされぬ承認欲求を抱えた
「不機嫌なオジサン」が増えていく。
都内の精神科医は
「サラリーマン男性の場合、退職して、
肩書きを失うと、何者でもなくなってしまう。
家庭内でも外のコミュニティでも居場所が見出せず、
気がつけば趣味もなく、被害者的になり、
何でも他人のせいにするような歪んだ精神構造になる」
と指摘する。

もう一つ、「男性の孤独」の裏にあるのが、
「男のプライド」という厄介な代物だ。
特に、終身雇用、年功序列制度という「タテ社会」の中で、
上意下達の「ポジショントーク」を40年間続けると、
フラットな立ち位置で胸襟を開いたコミュニケーションが
なかなかできなくなってくる。
話すこと自体を目的とし、
地球が滅びるまで面と向かって
営々と話し続けることができる女性と、
コミュニケーションは目的を達成するための手段であり、
スポーツやゲーム、お酒など、
何らかの介在がないと話しづらい男性とでは、
「コミュ力偏差値」に差が出やすい。

実際に、こうした要因から、
定年退職後に、家に引きこもる高齢男性が激増している。
別にいつも人と群れることをおススメするものでもない。
趣味でもいい、近所の友人でもいい、
何らかの形で社会とつながりながら、
一人の時間を楽しむ準備と心構えを
現役の内からしておくことが必要だろう。
終活もいいけど、たまには「集活」も、ということだ。
不機嫌なオジサンが減り、
元気ではつらつとした楽しそうなオジサンが増えれば、
日本社会を覆う閉塞感も少しは払しょくされるのではないだろうか。
オジサンたちが「孤独というオリ」から解放され、
動き出せば、景気だって刺激されるかもしれない。
「オジノミクス」で日本を元気に! 
「ウーマノミクス」の陰で、置き去りにされつつある
「オジサン」セクターの活性化は
日本再生のカギを握るかもしれないのである。



これに対して、書き込まれたコメントがにぎやかだ。


○孤独が辛い人とひとりが好きな人は
分けて考えないとダメだと思う。
おいらは飲み会とかパーティ等々苦痛でしかないです。
ひとりで色々やってるほうが楽しい。
孤独と書くと負のイメージがあるけど、
人それぞれじゃダメなんですかね。

○別にいいんじゃないの
群れないと何も出来ないような
主体性の無い者よりマシと思うが

○孤独だけど別に寂しいとも思いません。
早死に結構。葬式無用ですが、
お墓も共同墓地か自然に返るような埋葬を望みます。

○1人で旅行に行ったりバスツアーに行ったりしてますが、
職場や友達に可哀想って言われます。
で、先日友人が一緒に旅行に行こうって言って行きましたが、
友人は体調を崩したりダイエットだかで湯豆腐しか食べないし、
つまんなかった。
見たい所も相手は興味ないし、
お金かかるって寺にも入れなかったし。
だから1人がいいんだよ。
めんどくさい。

○別に孤独が悪いわけじゃない。
自分のスタイルにあった生き方すればいい。

○ 俺は敢えて孤独になりたいときがあるよ。
平日に一人で温泉宿に泊まって
平日の昼間から雪が降るのを見るの最高じゃん。
でもコレも三日もやれば飽きる。
鬱陶しい家族や仕事、仲間とじゃれ合いたくなる。
それに飽きると
平日に仕事バックれて(ちゃんと有給休暇取って)
平日の温泉宿でボーっと雪見てるのがいいな。
喧騒と孤独の間を好きな時に行ったり来たり出来るのが最高の贅沢。
ライブを観たくなる時もあれば
温泉宿のこたつの中で一日中ぼーっと雪が降るのをみたり、
盆踊り行ったり、東京ドームに野球見に行ったり
誰もいない海に行ったり
そういう事が出来て精神のバランスが取れるんじゃないの。

○昔ホームステイしてた時、
ホストマザーは60歳くらいの未亡人だったけど、
毎日男女問わず色んな友達が来て楽しそうだった。
実際は寂しいのかもしれないけど、
あんな風に高齢者が集まってお酒飲んで歌ったり踊ったり、
ビーチで日に焼いたり・・
外国人は陽気だなと思った。
朝早くスーツ着て出勤するおじさんとかも見たことなかったし、
夫婦もお互い名前呼んでラブラブだし・・
なんか根本的に違う気がする。

○こういうのも差別じゃないか。
気を使って生きるより一人のほうが楽な人もたくさんいるよ。

○「孤独な人は、早死リスクが50%高くなる」ってなってるけど、
日本のおじさんが世界一孤独なんであれば
世界一男性の平均寿命が低いって事なのか?
そんな事ないやろ。こじつけてるな。

○Solitary trees, if they grow at all, grow strong.
(孤独な木は仮に育つとすれば丈夫に育つ)
ウィンストン・チャーチルの名言ですが、含蓄がありますね。
ヒトラーと戦ったチャーチルは孤独だったんですよ、たぶん。
戦う人は孤独なんでしょう。

○好んで孤独な人も多いと思うけどなー

○いちいち会社の人となんか仲良くならないよ普通。
プライベートでも顔を合わせなきゃならないなんて
誰だって嫌だよ。
そもそも遊ぶ金が作れるほど景気よくないでしょ。
みんな生活が大変なんだよ。

○孤独に耐性があるかどうかで全然違う結果になると思う。
引退しても最低限の社会とのつながりは必要だけど、
絵を描いたり陶芸に打ち込んだり出来る人はむしろ孤独を
楽しめると思う。
アメリカ人は滑稽なくらい孤独を恐れて
ソーシャルネットワーキングしたがるけど、
日本人のほうが長命なのは結構皮肉。

○孤独でも苦にならない人もたくさんいると、思います。
ただ、たまに話し相手がほしいかな。

○他人とつるんであまり楽しいと思ったことがないな。
肩ばかり凝るよ。
まぁ一人だと行動が束縛されないからいいけど、
一人だと敷居が高いところに行きにくかったりするな。

○オイラの経験からすると、
実家にいて家族と一緒にいる時と、
ワンルームで一人暮らししていると
時間の密度が違うね。
前者はだべっていて時間が潰れる。
後者はそれなりに充実した一日が過ごせる。
他者といるとかなり時間がロスした感じがするね。

○確かに孤独によるさまざまなリスクは大きいかもしれない。
けれども、孤独に耐えられなくて、
または孤独は悪という強迫観念による決めつけにより、
誰彼となく相手を見つけなきゃ気が済まない人は、
孤独な人よりもよっぽど心寂しい人だ。
見てて痛々しい。
独居老人ならまだ幸せなほうかもしれない。
施設はそれなりにいい環境だけど、
そこで居場所を見つけられずに
孤立するほうがつらいのではないかな。

○好きで孤独なのと、
仕方なく孤独なのでは全然話が違ってくると思う。
アメリカの調査結果から
死亡リスクが高いことを挙げているけど、
それはコミュニケーションをとることを是とする
(若い頃から積極的な交流がたくさんある)
アメリカの国民性が影響していると思う。
日本のおじさんについて言及するのなら、
日本での調査結果を持ってこないと
あまり意味がないと思う。

○母の兄を見ていると、孤独だなーと思います。
妻と子供2人の4人暮らし。
子供はそれぞれ高校生。
家族が揃って食事をとることはほぼないそうです。
祖父母の仏壇があるので時々行くのですが、
日曜の昼間なのに伯父はいつも1人で
寂しそうにテレビ見ながらお酒飲んでます。
妻も子供もそれぞれ自室で自由気まま。
子供たちの学校どう?と聞くと、
まあ…通ってはいるみたいだけどあとは知らん。と…。
子供たちに、お父さんと話してる?と聞くと、
たまぁに。そもそも会わないし…と。
あの家庭を見てると、
一人暮らしだけが孤独ってわけじゃないんだなーと思います。

○一応、「孤独」に該当する僕ですが、
著者が言う「個独」というイメージでいまして、
僕はみんなでワイワイやるのも嫌いではありませんが、
基本的に一人の静かな時間を有意義に過ごしたい、
そう思っています。
なので、その間は確かに「1人」で「孤独」に過ごしてるかもですが、
別に寂しい、などといった感情はありません。
例えばマクドナルドで複数人でワイワイ騒ぎながら
ハンバーガーを食べている連中がいますが、
一方で僕は一人で訪れて一人で食べていますが、
どちらかというと
「飯くらいゆっくり自分のペースで食わせろ」といった思考なので、
他人と一緒に食べると急かされたり
会話も挟まないといけないので
満足した時間が過ごせないで終わる可能性が高いのです。
それだったら「一人」で「個独」に食べていた方がマシ。
しっかりとそこらへん考えられる大人さんと食べるのならまだ分かりますが。

○本人が「孤独感」をどれくらい感じてるかが問題かなって
休日はいつも違う友人達とワイワイ楽しく集まってても
「孤独」を感じて鬱になる人も居れば、
ずっとお一人様休日を満喫してても
心底「幸せ」と感じている。
結局他人から見たら本人の「孤独感」「幸福感」は測れないな
なのでただずっと1人で居る人を孤独おじさんだ、
と決め付けて心配するなんて余計なお世話かと

○岡本純子に男の何がわかる。
孤独の反対語は
融合とか言いそうなタイプ。

○日本のオヤジって、
歳を取っても人格が良くなるわけでもないし、
要はいつまでも人の悪口を言ったり、なんか文句を言ってるだけ。
爺さん同士コンタクトと取っても
結局いつかは喧嘩になったり、不快なことになるだけ、
お互いそれは自分の考えを変えて
関係を良くした方がいいということもあまりない。
それでは初めから孤独の方がいいということになるかもしれない。

○孤独と1人は違うと思いますけど。
1人が好きな人は1人で孤独感じて無いでしょう
問題なのは孤独を感じてる人でしょう
集団で居たって孤独感じる人はいるんだから、
人数は関係ないと思うけど

○別に孤独でもいいと思うけどね。
人間みんな死ぬときは一人で逝くんだし。
人の悩みのほとんどが人間関係にまつわるものってのもあるし、
タモリみたいに友達いらないって人もいるし、
孤独じゃ耐えられないって人以外は
別に気にすることないと思うけど。


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