韓国の歴史認識  政治関係

私は隣の国、韓国については、
既に見放しており、
勝手にどうなろうと構わない、
というスタンスだが、
今日、産経新聞の黒田勝弘さんのコラムに、
ある重要なことが書いてあるので、
節を曲げて、取り上げてみたい。

ちょっと古いが、
2013年11月、あるサイトに
「棚ぼた式独立」の傷うずく韓国 反日にいそしむ根源
という筑波大学大学院教授・古田博司氏の論文が紹介されていた。

韓国の全国民が
集団催眠にかかったように反日にいそしむ姿は
異常を超えて戯画的ですらある。
では問題の核心はどこにあるのか。
日本の贖罪や償いとは一切関係ない。
それはひとえに
韓国が独立戦争で勝ち取った国でないという
韓国人自らの「脛の大傷」にある。
米軍進駐により棚ぼた式に独立を得た韓国には、
そもそも国家の正当性というものがないのである。

続けて、こう書く。

その正当性をひねり出し、
脛の傷に絆創膏を貼る必要があった。
韓国の歴史認識という「正しさ」の捏造である。
韓国のいわゆる民族主義観は次の4点から成る。

1.高度な文明国だった朝鮮が
  野蛮人とみなされていた日本人に侵略され侮辱された
2.朝鮮統治における「改善」は、
  朝鮮人を効率的に搾取し支配し同化するため
  日本が朝鮮近代化を必要としたにすぎない
3.統治時代、朝鮮人民による解放闘争が継続的に行われた
4.日本人が朝鮮人に対する非人道的方策を推し進め
  一方的かつ高圧的に臨んだため、
  抵抗運動は活発化し同化政策は失敗した

これについては、次のように反論する。

李氏朝鮮に高度な文明などなかった。
経世済民を思わぬ李朝政権により
朝鮮は貧窮に閉ざされていた。
日韓の保護条約は高宗王が大臣5人に丸投げして生まれた。
不法ではない。
不法なら時の列強がそれを盾にたちまち襲いかかったことだろう。

収奪史観は日本のマルクス主義者たちが教えた方法である。
が、貧窮の朝鮮には収奪するものがそもそもなかった。
インカ帝国のように金でも採れれば収奪しようもあったろうが、
何もなかったので他の植民地支配のように過酷にはなり得なかった。
労働を知らない彼らに
その価値や意義から教えなければならなかったことが
日本による「改善」其(そ)の一であった。

植民地統治は一応の成功を収めた。
巨額の投資が行われ、朝鮮は年々経済成長し、
近代教育は一般化し、
1945年以降の教育制度の前提を成した。
コメを収奪する必要もさらさらなかった。
年々豊かにとれるコメは、
民法で保証された農民の土地で収穫され、
経済原理により日本に輸出された。

都市では戦後の企業を立ち上げる有能な経営者が
総督府や銀行と協力し、民族資本家として育っていった。

そして、最後に、こう書く。

だが、これらが実証されたからといって
韓国の民族主義史観が放棄される兆しは残念ながらない。
それを認めれば、国家の正当性が崩れてしまうからである。

解決策はもはやない。
植民地統治が合法的に自然に始まり、
独立戦争のないまま米軍の進駐で自然に終わったという、
朝鮮近代化の真実を韓国人が認めることはあり得ないだろう。


事実、日本の統治時代、
初期には抵抗運動などがあったが、
後期は安定し、
日本が与えてくれた経済的豊かさを享受している姿がみられる。
もちろん、他の国に統治されていることは、
深いところで容認することはないが、
表立ったの独立運動などなかったし、
それによって韓国の独立が成立したなどということは
歴史的事実に反する。
それは、少しでも日韓史を勉強すれば分かることだ。

だから、歴代政権は、
韓国独立が日本の敗戦で実現したことまでは
曲げようとはしなかった。
歴史的事実だからである。

しかし、文在寅政権は、ついにそこまで手をつけようとしている。
それが、黒田勝弘さんのコラムである。

対日解放 自力で勝ち取った? 

いささか旧聞に属する話かもしれないが、
韓国で「光復節」と称される今年の「8・15記念式典」で
文在寅大統領が行った演説が気になっている部分があり、
そのことを書いてみたい。

「光復節」は1945年8月15日、
日本の支配・統治からの解放されたことを記念する祝日だが、
日本支配からの解放(光復)はどのようにもたらされたのかという
歴史的事実関係について、
これまで教科書などで教えられてきた゛定説゛とは異なる解釈
というか主張を語っているからだ。

「わが国民の独立運動は世界のどの国よりも熾烈でした。
光復は決して外から与えられたものではありません。
先烈たちが死を恐れず共に戦い勝ち取った結果でした。
すべての国民が等しく力を併せ成し遂げた光復でした」

これまで各種の教科書によると
「光復」いうのは
「連合国の対日戦勝によってもたらされたものだが、
同時にわれわれの粘り強い独立運動の結果でもある」
と記述され、教えられてきた。
ところが演説は、解放は米ソなど連合国の対日戦勝、
つまり日本の敗戦の結果である「外から与えられた」ことを否定し
「自分たちの手で勝ち取った」と言うことだけを強調した。
大統領就任1年目の昨年は単に
「光復は与えられたものではありませんでした」と述べていたが、
今年ははっきり「外から」を付け加えることで、
自力解放を断定しているのだ。
 
韓国の歴史学者や教科書執筆者は
「8・15」の歴史については昔から悩んできた。
日本統治時代の歴史は「独立闘争の時代」として描かれ、
日本に対して抵抗し戦ったことが詳細に語られてきたが、
結果的には日本の支配を自力で打ち破ることはできず、
日本の敗戦を待つしかなかった。
この鬱憤(うっぶん)こそが韓国人にとっては
最大の「歴史的ハン(恨)であり、
いまなお執拗に展開される゛反日現象゛の背景でもあるのだが、
その結果、教科書などでは
「同時に独立運動の結果でもある」と両論併記にして
「鬱憤(恨)晴らし」の一助にしてきた。

それを大統領演説は一気に「光復は自力だった」としてしまった。
韓国では政権が代われば歴史認識や記述も変わる。
これから教科書でも「光復は連合国の対日戦勝でもたらされた」
という部分(事実)は削除されるのだろう。

大統領の「8・15演説」というと思い出すのが
1981年の全斗煥大統領で、
「光復」について連合国の対日勝利という「民族外的要因」を指摘し
「過去を真実以上に美化することによって
空虚な自尊妄大に陥ってはなりません」
と自戒を述べている。
37年前のことだが、
歴史認識という意味では民主化闘士の文在寅より
軍人出身の全斗煥氏の方がはるかに正直で余裕があったということになる。
それに日本支配からの解放(光復)を語るのなら当然、
なぜ日本に支配されたのかも語らなければならないはずだが、
文在寅演説には去年も今年もそれはない。
全斗煥演説はそれを語り、
金大中大統領も「支配を受けた根本原因はわれわれにある」
(2000年の6・25朝鮮戦争記念日演説)と語っていたが。

文政権は「3・1抗日独立運動100周年」の来年、
盛大に記念行事をやるという。
政府主導で日本に対する「勝った、勝った」という、
悩みや自戒抜きの歴史イベントが展開されそうだ。


歴史の捏造も
ついにここまで来たか、
と暗澹たる気持ちである。


米朝首脳会談  政治関係

シンガポールの米朝首脳会談で、
次の内容の「合意」をしたようだ。

○トランプは北朝鮮の安全を保証し、
 金正恩は朝鮮半島の完全な非核化を約束する
○相互に信頼し、非核化を進める
○新しい米朝関係を築く
○平和体制の構築に努める
○4月の「板門店宣言」を再確認し、北朝鮮は非核化に努める
○両国は捕虜や行方不明兵の遺骨回収に努める
○米朝首脳会談は画期的で新しい未来を始めるものだと認識する
○ポンペオ米国務長官と北朝鮮高官がフォローする交渉をできる限り早く開く

意外と「包括的」な内容。
細かい非核化の手順などには触れていない。
それらは、すべて「今後の交渉」によるようだ。

米朝首脳会談を成功させるための、
双方の努力の結果が、これか。

何だか肩すかしをくらったような印象だ。

トランプ大統領は会見で、
北朝鮮はミサイルの発射場をまもなく破壊するだろう
との見通しを示しているが、その一方で、
「いろいろ検討したが完全な非核化には時間がかかる」
とも述べている。

会談後、トランプ大統領は、
北朝鮮の非核化にかかる費用は
アメリカではなく韓国と日本が支援すべきとの考えを示したという。

更に、北朝鮮の非核化を巡る交渉を促進するため、
「非常に挑発的」で多額の費用がかかる米韓軍事演習を中止する意向を示した。
大統領は「軍事演習は非常に高額だ。
その大半(の費用)をわれわれが負担している」
と指摘した上で、
「交渉中という状況の下で、
軍事演習を行うのは不適切だと思う」
と語った。

会談の最初は、通訳を交えただけの1対1の直接対話をし、
そこで、金委員長の本気度を
「1分で見抜く」と言っていた。
それでは、金委員長は「本気だ」と
トランプは思ったのだろうか。

その架空の対話

トランプ:キミね、今が核とミサイルのやめ時だよ。
ミサイルをぶっぱなして、カネを煙に変えるのはやめる時だ。
やめれば、わが国も経済支援をしてやろう。
食糧支援をしたっていい。
あんたの国にわが国の会社を送り込んで、
産業と雇用を起こしてやろう。
国民に腹一杯食べさせてやれば、
あんたは名君になるだろう。
体制の維持も確実になる。

金:本当に体制を守ってくれるんですか。

トランプ:あんたの国を攻めたって、わが国には何の得もない。
わが国があんたの体制を壊すなんてことができるはずがない。
あんたの体制を守ってやって、
経済的に発展して、
脅威がなくなれば、戦争を起こす必要なんかないんだよ。
(あんたの国民によって、あんたの政権が倒されることはあるかもしれないがね、
ということは、心の中で言う)

金:でも、核を失った途端にリビアのカダフィは殺された。

トランプ:カダフィが殺されたのは、
核を放棄してから8年も後のことだよ。
核の放棄と殺害は何の関係もないんだ。
(カダフィがリビアの国民によって殺害されたことも、
心の中だけで言う。)

トランプ:日本人拉致被害者の解放も今がチャンスだよ。
私から要請されたことにすればいい。
私にも花を持たせてくれ。
そうすれば、日本と北朝鮮が国交を回復して、
莫大な金をもらえる。
あんた知らないのか?
1964年の日韓基本条約で、
国家予算の3倍ものカネを日本は支払い、
それを元に、南は「漢江の奇跡」をなしとげたんだ。
拉致被害者を帰せば、
日本はカネを出す。
私からシンゾーに言ってやるよ。

金:そんなにうまくいくでしょうか。

トランプ:あんたと違って、日本は約束を守る国だ。
それに南の文さんだって、
功を焦って、南北融和をして、
ケソンの工業団地や観光再開もしたがっている。
今がチャンスだよ。
あんたの国には輝かしい未来が待っている。
それには、核とミサイルの放棄が第一。
それをしなければ、
あんたは得るはずの全てを失うんだ。
今こそ考え時だよ。

などということはなかったのだろうか。
これもまた、夢のまた夢なのだろうか。




朝鮮半島の平和?  政治関係

昨日、韓国の文在寅大統領と
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が
板門店で首脳会談し、
朝鮮半島に突如として平和の風が吹き始めている。

共同宣言の骨子は、

@完全な非核化を意思確認
A年内に朝鮮戦争の終戦宣言をし、
 平和協定に転換するべく推進
B文在寅大統領が秋に訪朝

等で、
半島の戦争状態を終結させ、
非核化が実現し、
半島に平和が訪れるなら、
これほどいいことはない。

しかし、今まで何度も北にはだまされてきた過去があるだけに、
今回も看板通りに受け取るわけにはいかない、
という国際世論もある。
過去の2度の首脳会談の結果が
ことごとく裏切られており、
その間に北朝鮮の核とミサイルの装備が進んで
アメリカまで届く弾道ミサイルが完成に至ってしまった
苦い経験から、懐疑的な見方も多い。

しかし、
今回の南北首脳会談は、
実は序幕で、
本当のドラマは、
6月にも行われる米朝首脳会談なのだ。

アメリカは、「非核化」については、
歌い文句ではなく、
「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」
を求めている。

完全とは、核施設の完全破壊
検証可能とは、査察団の受け入れ
その結果、元の核保有には戻れない形を求めている。

この原則を妥協したら、
北はいくらでもごまかして核を事実上保有することができるのだ。

しかし、北が核を放棄することは大変困難だ。
今の状態、つまり、
アメリカも中国も韓国も日本も
北朝鮮を腫れ物を扱うようにしているのは、
北が核を保有しているからだ。

東アジアの小国、アジアの最貧国、
しかも民衆の自由を束縛し、
恐怖政治で統治する独裁者の国を
アメリカのような大国が
まるで対等であるかのように接するのは、
核を保有し、ミサイルを準備し、
最終戦争をしかける能力を持っている、
という一点だけなのだ。

だから、北が核を放棄することは、最後まであり得ない

非核化のロードマップも違っており、
北は米朝首脳会談で、

@経済制裁の解除
A国交正常化
B在韓米軍の撤退

を約束させ、
それがなされれば、「体制維持」が出来るとみなし、
その後で核の放棄を検討する、という方針。

それに対してアメリカの方針は、
上記@ABの大前提として、
核放棄をさせる
ことなのだ。

これでは、何度会談しても合意には至らない

しかも、その間、アメリカは軍事行動を取れない。
へたをすれば、
「アメリカのかたくなな態度が、
せっかくの平和ムードに水を差している」
と非難されかねない。

だから、今回の米朝首脳会議は、
金正恩の思惑に乗ってしまったことになるのだ。

アメリカが恐れるのは、
米朝首脳会談が1回で終わらず、継続して、
非核化が先送りになると、
北の核保有国が定着してしまうことだ。
だから、まず最初に
非核化を求めているわけである。

そうしている間に、
韓国が北に対する経済援助を始め、
北の生命線である中国も禁輸を徐々に解除したら、
せっかくの北への「圧力」が瓦解するかもしれない。

国際社会の「圧力」が徐々に北の体制に影響を与え、
特に昨年来中国が制裁に同調したことで、
北が大変困っているというのは事実だ。
年初から突然北が平和路線に転換したのは
そのためだというのが合理的だ。

だから、ここは、その「圧力」を
「非核化」の実現まで継続しなければならないのだが、
北は韓国をはじめとして、その分断を狙って来るだろう。

前のめりの韓国文政権によって
北への支援が行われる可能性があるが、
米朝首脳会談が継続している間は、
アメリカも動けない。
その間に、北は更なる戦争準備を進められる。

つまり、以前の繰り返しである。

なぜ今になって友好ムードを作るのか。
一つは経済制裁の圧力が有効であったこと、
もう一つは金正恩の戦略

昨年まで、過去に例のないほどのミサイルの発射、核実験を繰り返、
世界中が困り果て、
戦争が起こるかもしれない、
という恐怖に怯えている時を狙って、
平和路線に転換して世界のムードを
平和ムードを作り上げた。

そして、時の大統領が、
親北派の文在寅大統領であったことも
この路線を作る好機だった。

こうして南北首脳会談で平和ムードを作り、
次に米朝首脳会談でアメリカを取り込む。
この間、アメリカは軍事行動を取れないから、
次の核戦略(アメリカを攻撃するミサイルの整備)を進められる。

しかし、その間、北も行動を取れない。
業を煮やして、核実験やミサイル発射実験も出来ない。
もう、そんなことをしたら、
アメリカは今度こそ
軍事行動を取るだろう。

アメリカの軍事行動を一番恐れているのは、
実は金正恩その人である。
戦争になれば、確実に負けるし、
のみならず、北全土を焦土にしてしまう。
体制維持どころの騒ぎではない。

せいぜい出来るのは、
韓国や日本に対するミサイルの発射くらいだ。
それを恐れて韓国は戦争回避に回るだろう。

私は橋本徹元大阪府知事は、
日本には珍しい戦略的思考の出来る政治家と評価していたが、
最近の北を巡る発言にはがっかりした。
彼はこう言う、
「日本の政治家が日本が攻撃を受ける覚悟ができないのなら、
北を核保有国として認めるしかない」
これが政治的現実、というのだろうが、
しかし、それより大きな問題がある。
北の核保有を認めることでの
世界の正義はどうなる、ということだ。
核を保有し、ミサイルを整備するという、
行為にひれ伏すことになる。
その方が長期的に見て害毒が大きい。
子供たちにどう説明したらいいのだ。

それは、ナチスの台頭に対して、
戦争をしたくないために
チェコ侵攻を許したイギリスのチェンバレンの融和政策そのものだ。
それに対して、チャーチルは、
仮に英国本土が攻められたとしても、
ヒトラーの思うようにさせない、
と毅然として戦ったのだ。

そのことについては、↓の映画紹介を参照。

映画『ウィンストン・チャーチル』

先日、中国観光客が事故で負傷して、
金正恩がお見舞いしたことで、
安藤優子キャスターが、
「この人も血の通った人であることが分かりますね。
好感さえ感じます」
と番組の中で発言したことで、
ごうごうたる非難が起こった。
「自分の兄を毒殺したり、
叔父を銃殺したりする人が血の通った人だって?」
「拉致家族が聞いたらどう思うか」
「不良がちょっと親切したら、
コイツって良い奴かもしれない、と言うのと同じレベル」
「こんな人がニュースキャスターをしているとは」

しかし、このやりとりには、
重大な問題を含んでいる。

金正恩とは、どんな人物か。
人民を抑圧し、ミサイルに金をつぎ込んで、
国民を飢えさせ、
恐怖政治をしき、
兄を毒殺し、叔父を虐殺した
独裁者なのだ。

そのことを忘れて、
彼の微笑にまどわされてはならない。

今回の南北首脳会談での金正恩の振る舞いはなかなか見事だった。
軍事境界線を文大統領に越えさせた時の言葉、
最初の挨拶で
「軍事境界線を越えるまで10年かかったが、
境界線は高くはなかった」
とか、なかなかの役者だ。
堂々として、就任後数年で
北朝鮮を自分の統治にしただけの能力はあるようだ。
やはり金日成、金正日の血筋だろうか。

しかし、その本質は、
凶悪な独裁者なのだ。
そもそも、朝鮮半島をこんな状態にしたのは、
北が核とミサイル路線に走ったからだということを
忘れてはならない。

その本質に目をつぶって、
満面の笑みを浮かべた文大統領は、
本当に愚かだと思う。

「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化」
という大前提をくずして、
安易な妥協など、
今回の米朝首脳会談ではしてほしくない。
事前協議でそれがクリアできなければ、
会談は流してしまった方がいいだろう。

そのうち、北が我慢できなくなって、
水爆実験やミサイル発射をしたら、
アメリカの軍事行動も正当化される。

アメリカの軍事行動の準備の最中に、
国が亡びることを恐れた民衆(あるいは側近)の手によって
現体制が転覆される、
というストーリーが最善ではないか。
戦争という極限の「圧力」。
この国との交渉は、最後はその手しかないのかもしれない。
拉致問題も、その方法でしか解決できないのではないか。

戦争の悲惨さを思うと、
戦争はない方がいいが、
戦争でしか解決しないこともある
特に、このような邪悪な国家に対しては。

これまで、この国によって
どれほど世界の平和が脅かされてきたか。
そう思うと、
やはりこの国を生き延びさせてはならないと思う。



文大統領演説  政治関係

韓国の文大統領
三・一独立運動記念式で演説した。
三・一独立運動とは、
1919年3月1日に起こった
日本からの朝鮮独立運動のこと。
従って、その記念式の演説が
反日の色彩を帯びるのは当然だが、
その内容がひどい。

竹島については、
「独島は日本の朝鮮半島侵奪(侵略)の過程で
最初に占領されたわれわれの領土だ」
とし、
「日本がその事実を否定するのは、
帝国主義による侵略に対する反省を
拒否するものにほかならない」
と述べたという。

竹島を、日本政府が閣議決定で島根県に編入したのは、
1905年(明治38年)1月、
日韓併合は1910年(明治43年)のことだから、
帝国主義の侵略とは、何の関係もないはず。

日本の竹島編入措置は、
国際法のいう「先占」によるもので、
先占の要件は、対象地が無主地であることで、
国家の領有意思をもってする実効占有である。
この時、そのことに異議を唱える国はなかった。
もちろん、当時は独立国であった朝鮮は、
何の抗議も異議も主張していないのだ。

そして、1951年に締結された
サンフランシスコ講和条約では、
竹島は日本領として認めている。

そのサンフランシスコ講和条約発効直前の
1952年1月に韓国の李承晩大統領が
現在の竹島と隠岐との間に境界線(李承晩ライン)を一方的に引き、
竹島を自国領としたものだ。

日本は韓国へ平和的解決を求め
国際司法裁判所に付託することを何度も提案しているが
韓国は応じていない。
つまり、韓国は分が悪いことを知っているからだ。

日本海の呼称問題でも、
韓国は日本帝国主義と関連付けるが、
日本海の呼称はそれより遥か昔のことで、
何でもかんでも日本帝国主義に結びつけるのは、
やめてもらいたい。

また、文演説では、
日本が慰安婦問題を巡る2015年末の韓日合意で
問題は解決したとしていることに対し、
「加害者である日本政府が『終わったことだ』としてはならない」
と指摘。
「戦争中に起こった反人倫的な人権犯罪は、
終わったという言葉で覆い隠されない。
不幸な歴史であるほどその歴史を記憶し、
歴史から学ぶことだけが真の解決だ」
と強調した。

その一方で文大統領は
「日本は人類普遍の良心で歴史の真実と正義に向き合わねばならない。
日本が苦痛を与えた隣国と真に和解し、
平和共存と繁栄の道を共に歩んでいくことを願う」
とした上で、
「日本に特別な待遇を求めない。
ただ最も近い隣国らしく、
真の反省と和解の上で
共に未来に進むことを願うだけだ」
と述べ、
未来志向的な両国関係の構築を目指す考えを改めて示した。

何を言おうとしているのか、さっぱり分からない
「真に和解」「真の反省」
と言っているが、
和解も反省も、
日本政府は何度も表明しており、
それを「真に」などと言って拒否しているのは、
韓国政府である。

未来志向的な両国関係を言うなら、
70年も前のことを何度も何度も蒸し返しているうちは、
それこそ「真の」未来など構築できないだろう。

「加害者である日本政府が『終わったことだ』としてはならない」
とは、
「うん、いいフレーズを見つけた」
と得意だろうが、
確かに、一方的に「加害者」が「終わった」と言えば問題だが、
日韓合意は「加害者」「被害者」の両者が
「最終的かつ不可逆的な解決」
として合意したものだから、
全然違う。

日韓合意は、
両国の間にトゲのように刺さっている慰安婦問題を
解決するために、
両国で知恵を集めたものだ。
韓国側が「政府の謝罪」と「国家予算による賠償」を
求めたことから、
日本はそれに応じた。
本来、冤罪である慰安婦問題を
人道問題として捉え、
一歩譲ったもので、
当時、日本でも「譲り過ぎだ」という議論があった。

しかし、いつまでもこの問題を抱いたままでは
両国関係が正常化されないことから、
あのような合意が生まれたのだ。

そうした、過去の先人たちの努力を
無にして、
「解決できていない」
と言うのだから、
どうかしている。
というか、
今回の文演説を聞いても、
はっきり言って、
頭が悪いとしか思えない。

北朝鮮について
日韓と米国が連携していかなければならない時に、
それに反することを言ってどうするのだ。

そういえば、
国連で「慰安婦問題は解決していない」
と主張して「互いに非難・批判することを避ける」
という日韓合意に違反した外務大臣や
「財団を解散する」と
韓国政府と違うことを言った家族相など、
一体、韓国政府は処分しないのだろうか。

竹島問題も慰安婦問題も徴用工問題も
一方的に韓国が仕掛けてきたものだ。
韓国が大人になって、
口をつぐめば済む問題なのだ。

こうした相変わらずの対応に対して、
次のような産経新聞のコラムは興味深い。

韓国の文在寅大統領は1日のトランプ米大統領との電話会談で、
近く北朝鮮に特使を派遣する方針を伝えた。
これについて、サンダース大統領報道官は、
朝鮮半島非核化のプロセスとして歓迎の意向を示したが、
さて米国の本心はどうか。
対北融和路線を突き進む文政権への警戒心を、
一層強めたのではないか。

「米国では今、『韓国疲れ』が広がっている」。
先日、韓国駐在経験のある知人の外交官からこんな話を聞いた。
北朝鮮危機を契機に、政府・軍レベルで
韓国との接触・対話が大幅に増えたことで、
米国は今さらながらに韓国の安全保障観や対北認識などの
異質さを思い知ることになったのだという。

これまで米国では、一部の韓国専門家が、
韓国の考えを米国人が理解できるように「翻訳」し、
周知していた。
それが通用しなくなり、
米国はむき出しの韓国を知って
「この人たちはいったい何なんだ」
と当惑しているのだそうである。

2日には、有能な「翻訳者」だった
米国務省のジョセフ・ユン北朝鮮担当特別代表が辞任した。
いったん駐韓大使に内定し、
取り消されたジョージタウン大のビクター・チャ教授もその一人だったろう。
米政府では対北融和派の退潮が目立つ。

米国内では最近、
韓国は本当に米国にとって重要なのかも議論され始めた。
トランプ氏も文氏に不信感を持っているとされる。
米国が韓国観を改めるのは日本にとり別に悪い話ではないが、
そのまま退いていけばどうなるか。

北朝鮮の金日成主席(当時)は1980年、
南北統一の方策として「高麗民主連邦共和国制」を提案した。
その前提条件は「朝鮮半島の緊張緩和」「米国の干渉中止」などである。
その日が来るのは、意外と近いのかもしれない。


平昌冬季オリンピックをめぐって  政治関係

平昌冬季オリンピックは閉幕しましたが、
次のような記事をみつけましたので、
紹介します。

まず、
「北美女歌舞団の既視感」
という、
加地伸行大阪大名誉教授のコラム。

(前半省略)

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美女と楽団とが北朝鮮から韓国へ送り込まれてきたのである。
このできごと、近ごろのことばでいえば、
老生に〈既視感(デジャビュ)〉を与えた。
すなわち、かつてどこかで視(み)たようなできごと−
老生、日ごろ親しんでいる古典『論語』の中にそれはあった。

今から約2500年前、
孔子は、魯(ろ)国に生まれ育った。
成長後、政治家となり善政を布(し)くことによって、
人々の幸せを実現しようとした。
いろいろ苦労があったが、
50歳を超え、閣僚となり、天命の重さを知った。
そこで全力を尽くしたので、
人々は誠実となり、
しだいに魯国は強国への道を歩むようになってきた。

これが面白くなかったのが隣国の斉(せい)国であった。
いつの時代でもそうだが、隣国が強くなることは好まれない。
そこで斉国は、孔子のまじめ路線の妨害を図った。
すなわち華やかな衣装をまとい、
音楽に合わせての舞踊に巧みな美女80人に加えて
立派な馬の4頭立(だて)馬車30台を
魯国に贈(おく)ったのである(『史記』孔子世家)。

この美女歌舞団は、魯国の首都郊外でにぎやかに開演した。
ぱっとその評判が立ち、魯国の人々は魅了され大人気。
それを伝え聞いた首相格の季桓(きかん)殿は、
人目につかないように、わざと粗末な服装で観(み)に行き、
なんと3日も仕事を忘れ、政庁に現れなかった。

孔子のまじめ路線はこうして崩れゆく。
孔子は辞職し、理想政治の実現場所を求めて
長い流浪の旅立ちとなった。十数年。

現代韓国人の北朝鮮美女歌舞団への熱狂ぶりは、
右の故事と重なる。
北朝鮮に追従する文政権に
批判的なまともな人々には居場所がなくなり、
韓国の理想のありかたをもとめて
苦難の旅がこれから続くことであろう。

目の前の出来事を見て、
すぐに論語が浮かぶなど、
博識というのせ、すごいですね。


次は、産経新聞ソウル駐在客員論説委員の
黒田勝弘さんのコラム。

愛国主義という興奮の低下

平昌五輪が25日、閉幕する。
韓国にとってこの種の大規模国際スポーツ大会は
1988年のソウル五輪、
2002年のサッカー・ワールドカップ(W杯)に次ぐ。
韓国では国際大会出場の選手たちは「国家代表」といわれる。
社会的に日ごろ強い韓国の愛国主義が、
国際スポーツ大会となると目立つのだが、
今回はどうだったか。

筆者は88年のソウル五輪も02年のW杯も経験しているが、
今回はその愛国主義がどこか後退した感じがした。

ソウル五輪の時、筆者は
「韓国の思い入れが強く韓国のための五輪のようで気が重かった」という
外国人記者の声や、
日本や米国に対する韓国の観衆やメディアの“敵意”を紹介している
(拙著『“板門店の壁”は崩れるか』収録の「韓国人の攘夷と開国」から)。

またW杯では、
ソウル都心を埋めた街頭応援の数十万群衆が
サポーターの真っ赤なシャツを着て絶叫する
「デーハンミングック!」の大歓声と、
準決勝進出の快挙でもたらされた
「国家、民族、歴史に対する自己称賛の嵐」が印象的だった
(同『ソウルが平壌になる!』収録の「ワールドカップ民族主義」から)。

そんな過去の風景からすると今回は穏やかだった。
愛国主義という興奮と熱狂度が下がった背景には
冬季五輪という地味さ(?)や季節もあるが、
それより韓国人あるいは韓国社会のある種の“成熟”が出ているように思う。

やはり30年前にソウル五輪を経験した朝鮮日報の主筆は今回、
「30年前のわれわれの姿が昔のようだ。
韓国人の観衆は世界中からきた人たちと自然に交じり合い、
彼らを好奇心に満ちた目でジロジロ見ることもない」
などとして似たような感想を書いている(21日付のコラム)。

ある大学教授は、若い選手や観衆の新しい流れとして
「国家主義の退潮と個人主義の発散がみられる」
と指摘している(中央日報23日付のコラム)。

いつも話題の日韓戦でも競争意識はあっても
敵意は感じられなかった。
女子アイスホッケーでは負けたが女子カーリングでは勝ち、
スピードスケートの女子500メートルでは
金銀を分け合う風景に、それなりに納得なのだ。

小平奈緒と李相花のたたえあう姿などは、
韓国が負けたにもかかわらず“美談”としてもてはやされた。

韓国人たちの成熟は、タダ乗りで“闖(ちん)入(にゅう)”してきた
北朝鮮に対しても見られた。
例の美女応援団や芸術団には現場をふくめ人々は意外に冷めていた。
以前は物珍しかったが、今回はもう食傷気味で、
かつ「田舎くさい」といい、さ
したる興奮も熱狂もしなかった。

ところで応援団が叫んでいた
「ウリヌン、ハナ(われわれは一つ)」のスローガンには、
実は「米国は出ていけ」という政治的メッセージが込められている。
これは見方によっては五輪憲章違反なのだ。
そこを誰も問題にしなかったのは成熟の副作用(?)かもしれない。

ただ韓国人たちは今回、若者世代を中心に、
逆にあんな全体主義イメージの北と「一つ」にはなりたくない
と思ったはずだ、というのが街で聞く大方の声である。


というわけで、
韓国も国際社会でもまれて、
成熟しつつあるのかな、
と思わせたが、
次の報道を見てがっかりした。

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韓国のテレビ局が日本の国歌「君が代」を流した結果・・・
韓国人の怒りが頂点に!

韓国テレビ局SBSが
2月24日のスピードスケートマススタート競技のメダル授与式で
高木菜那選手が金メダルを獲得。
その授与式の模様を放送し「君が代」を流したことにより
批判が殺到している。

SBAのアナウンサーは「日本国歌が流れます」と説明。
SBS以外のテレビ局KBSは同時間帯にCMを流し、
MBSはマススタート男子で金メダルを獲得した
イ・スンフン選手のリプレイ映像を流した。

韓国メディアが説明するには
「君が代」の歌詞は戦犯の象徴であり、
日帝主義と過去の歴史を称賛する内容。
日本植民地時代の頃、日本人は私達(朝鮮人)に
君が代を歌うように強要したと主張。

このことは韓国のネットメディアも取り上げ、
SBSを批判している。

何とまあ、心の狭い、幼稚な反応だろう。
「政治とスポーツは別」というが、
厳しい闘いの末、勝利した者を称える行為
どうして受け入れられないのだろうか。
国歌といえば、その国の人間が誇りと尊敬をもって歌うものだ。
他の国の人も、それを推し量って尊重する。
心の中はともあれ、
姿勢はそうするのが大人というものだ。
それを「戦犯の象徴」だなどといって貶める。
しかも、自分が生まれていない時代のこと、
反日教育で刷り込まれた内容だ。
過去のことにいつまでもこだわり、
国際的儀礼と他国の文化を尊重し、
理解することの出来ない国に未来はない。

この反応を見る限り、
韓国もまだまだ成熟とはほど遠いと思わされた。






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