香港・マカオ旅行記B  旅行関係

フェリーの着いたのは、タイパ島なので、
世界遺産のあるマカオ半島に行くには、
橋を渡らなければなりません。

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↓は昔のマカオの地図。

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タイパ島とコロアン島の間が埋め立てられて、
コタイ地区に。
今では一つの島になっています。

3つの橋のうち一番西側の西湾大橋を渡ります。
遠くに2つの橋が見えます。

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これが西湾大橋

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古くからあるリスボアホテル。

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観音像。

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マカオ・グランプリは、この道路で行われます。

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色々な公園や

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オブジェが。

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聖ポール天主堂の裏側。
ここから世界遺産探訪

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1999年までポルトガルの植民地であったマカオは、
中国大陸のヨーロッパ諸国の植民地の中ではもっとも古く、
域内に植民地時代の遺構が数多く点在します。

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そのうち、8つの広場と22の歴史的建造物
「マカオ歴史地区」という名前で
ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。

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最も有名な聖ポール天主堂跡

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イエスの使徒である聖パウロに捧げられた、
マカオにあるポルトガルの大聖堂の遺跡。

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1582年から1602年に
イエズス会士によって建築されたこの天主堂は、
当時のアジアでは最大のカトリック教会でした。

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1835年の台風時の火事によって、
南側のファサードを除いて焼失してしまいました。

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ファサードは、
本国から追放された日本人キリスト教徒と現地の職人によって、
1620年から1627年の間に彫刻されたもので、
七つ頭のヒドラを踏みつける女性が、
漢字で「龍の頭を踏みつける聖母」と描写されているように、
東洋的な主題についてのイエズス会のイメージを含んでいます。

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聖母が踏むヒドラの顔は、
日本人信徒が描く家康の顔だと言われています。
当時マカオには、
弾圧を逃れて海を渡って日本人信徒が千人もいたといいます。

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教会の敷地内には、
この天主堂を創設し維持した
イエズス会士の地下納骨堂がありますが、
今回のガイドは教会の敷地内に一歩も入らない省略ぶり。

これは、フランシスコ・ザビエル

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教会の脇にあるナーチャ廟
世界遺産を構成。

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その脇の城壁は、
世界一質素な世界遺産、と言われています。

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ファサードは小さな丘の上にあり、
そこへは66段の石段が続いています。

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下から向かう方が感動的ですが、
今回は上から下へ。
センスがない。

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その後は、しばらくお土産物屋の通りを通ります。

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途中、ここに寄って、

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エッグタルトを賞味。
コースに入っています。
昔、ポルトガル人の修道士が作ったお菓子。

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豚の燻製を売っています。

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とにかく、人が沢山。

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聖ドミニコ教会

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仁慈堂

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民政総署と、

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世界遺産を外観だけで紹介。
説明もおざなりでした。
以前、娘と一緒に徒歩で世界遺産は見てまわりましたので、
私たちはいいですが、
他の参加者が可哀相。

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ここは、世界遺産の一つ、セナド広場

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広場の名前は、
16世紀から18世紀にかけて
中国人とポルトガル人が会したレアル・セナド
(ポルトガル語で「忠順なる議会」の意)
がここに面して置かれていたことに由来します。

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広場の周囲を囲む主な建物はヨーロッパ様式であり、
多くが歴史的建造物として保存されています。

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というわけで、世界遺産探訪は、
あっという間に終わり。

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次は、マカオ・タワーに。
338m。

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オプションで展望台に上がる人もいましたが、
私たちは何度も上がっているので、
下でぶらぶら。

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橋が見えます。

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上からバンジージャンプが。

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自由落下ではなく、
落ちる速度は調整されています。

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下でハーネスを外します。

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地階に行ってみました。

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水彩画の展示が。

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また橋を渡り、
コタイ地区のヴェネチアンに向かいます。


小説『じっと手を見る』  書籍関係

[書籍紹介]

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富士山の見える地方都市。
25歳の介護士の日奈は、
祖父が死んで一人になった時、
面倒を見てくれた海斗と同居するが、
好きになれず別れ話を切り出す。
そんな時、出身専門学校のパンフレット作成で
東京からやって来た編集プロダクションの宮澤を好きになり、
肉体関係も生ずるが、
会社の運営に失敗した宮澤とは一旦別れる。
宮澤が東北の地方都市で営業マンになると、
押しかける形で同居し、
しかし、宮澤は東京から手を差し伸べた妻と共に元の鞘に収まる。

一方海斗は、日奈を失った傷が癒えないまま、
同僚の年上の介護士の畑中と関係を持ち、
やがて同棲生活に入る。
畑中は前夫から息子の裕紀を押しつけられたが、
海斗は裕紀が普通の子供ではないことに共感し、
畑中と結婚しようとするが、
畑中は別の男と共に東京に去ってしまう。

日奈は元の町に帰るが、
道路拡張計画で祖父と住んでいた家を手放し、
その家が取り壊される時、
海斗に一緒に立ち会ってくれるように依頼する・・・

というような話を7話の短編連作形式で綴る。
それぞれの章で、視点が変わり、
日奈→海斗→真弓→日奈→宮澤→海斗→日奈
4人の語り口で7つの物語が語られる。
最初の話から最後の話までの間に6〜7年の歳月が流れ、
それと同じように、
2011年から「GINGER L. 」に不定期連載で4回、
「小説幻冬」に3回、2017年まで不定期連載したものを
2018年4月に単行本化。

どの登場人物も心の中に空洞を抱えており、
人を真剣に愛することが出来ない。
愛しても逃げられる。
その孤独に煩悶しながら、
生活を営んでいる。

日奈も海斗も畑中も介護士なので、
その大変な仕事ぶりも細かく描写される。
要介護の老人を世話する仕事だから、
過酷なわりに報われるものは少ない。
老いて死に向かう老人たちを世話をすることで
自分の生活を確保していくことが罪悪感にさえなっている。
なにしろ、介護士になった動機が、
「食いっぱぐれることはない」という理由だというのだから。
日奈も海斗も真弓も
世話するべき肉親を身近に抱えているし、
その死が影を落とす。

介護施設の中での畑中の述懐。

夜明けが近くなると、
もう眠れなくなってしまった人たちが、
ゾンビのように廊下を歩き出すことがある。
ベッドの中にいられないんだろう。
天井だけを見ていることがつらいのだ。
目が冴えて、今まで生きてきたいろんな記憶とか、
喜びとか、後悔とか、
そんなものが波のように押し寄せてくるのは、
さぞかしつらいことだろう、
とも思う。


また、こんな描写もある。

できることが増えていくのが成長で、
できないことが増えていくのが老化なんだと、ふと思う。


どの登場人物の抱える孤独も、
理解は出来るものの、共感は出来ない
誰かに依存しなければ生きていけず、
人と心を通い合わせて生きていけない。
そして、迷い、求め、得て、失って、また求めて、繰り返す。
その原因は本人の心の中にあって、
閉塞感も自分が生み出したもののような気がする。
そういう性格が自ら不幸を呼び寄せているような気がしてならない。

宮澤が日奈との生活について思うこと。

(日奈と)いっしょにいる時間が増えれば増えるほど、
自分の気持ちは倦んでくる。
自分はそういうどうしようもない人間なのだ、
と軽自動車を運転しながら思った。
自分のテリトリーを侵されることに、
どうしてこんなに嫌悪感を持つのか。


登場人物たちの心情は基本ネガティブで、
もっと気楽に前を向いて生きていけないか、
と思うのは小説の読み方としては間違っているが、
読めば読むほど息がつまって来るような気分になった。

日奈の述懐。

もう自分は一生、人を好きになることがないのかもしれないと思う。
そのことに危機感すら抱いていない。
同僚から誘われた合コンにも行かなかった。
そこで誰かと出会ったり、
好意を持ったり、反対に持たれたり、
という状況がいやだった。
誰とも深くかかわりたくない。
それが本音だった。

                                        
日奈たちが住む町も、
宮澤が逃れた町も
ショッピングモールとフードコートがあり、
そこだけが住民の息抜きの場となっている。

題名は、石川啄木「一握の砂」を想起らせるが、
それとの関わりについては、記述がない。

著者の窪美澄は、
才能は感じられるが、
この人の作品を続いて読む気は起こらない

そういえば、この人の代表作とされ、
映画にもなった「ふがいない僕は空を見た」も前に読んだが、
このブログでは、
「若い女性ならいいかもしれないが、
大の男が読める本ではない」
一蹴
やはり、そうだったか。

先の直木賞候補にならなければ、
決して手を出さない小説。
直木賞の選考会では、第1回投票では1位だったという。
結果としては、受賞を逃したが、
いつか受賞する日は来るに違いない。

選考委員の評は次のとおり。

北方謙三
最初の三作に、日常を非日常に変えるほどの熱量を感じ、
後半ではその熱量が低下しているように感じた。
恋愛の終りに日常が剥き出しになるのは、
私の考える小説的醍醐味には欠けていた。

宮城谷昌光
こういうおとなしい小説は、
その底にとてもない勁さを秘めているものだが、
理法を超えて読み手を瞠目させるほどのすごみは出現しなかった。

浅田次郎
まったくその表題通りに、
働けど楽にならざる苦労を描いた佳品である。
そのテーマのシンプルさゆえに
小説のダイナミズムは欠くのだが、
舞台設定が自然で登場人物もよく練られており、
完成度はすこぶる高かった。
おそらく作者には清貧の世界観があるのだろう。
そうでなければ、理不尽な苦労をかくも清潔に描けるはずはない。

桐野夏生
達者な作品だと感心して読んだ。
地方都市に生まれ育った若者たちの、
どこにも行けない閉塞感。
その諦めの有様がうまく書かれている。
最近、よく見聞きする介護士の若者たちの起こす事件は、
彼らの何かの噴出である。
その噴出が感じられないだけに、
物語を作っている感が否めなかった。

東野圭吾
つい最近まで父が介護施設に入っていたこともあり、
親近感もあった。
なぜこんな魅力のない人間にこんなに惹かれるのか、
との疑問は愚問だと思わせる力が文章にあった。
しかしこのクラスの作品は世に溢れているような気もする。
特にこの小説が抜きん出ているようには感じなかったので
△とさせていただいた。

林真理子
東京に近い地方の街で、
介護士をしている女性とその恋人を描いたものだ。
絶望もしていなければ、
この街を出て行こうという強い野心もない。
ほどあいがまことによい書きっぷりで、
読後感がとてもよかった。
しかし不倫をする東京の男の独白はいらないと思う。

高村薫
文章がいい。
初回投票で最高点だったとおり、
等身大の人間の身体と感情と生活が
一つの小説空間をつくっており、読後感がよい。

宮部みゆき
この作品は、介護士ではなく、
介護士の日奈と海斗をとりまく五人の男女の
『ふぞろいの林檎たち』なのだなとわかると、
そこからはぐいぐい引き込まれました。
決選投票で敗れましたが、それは時の運で、
受賞してもおかしくない作品だったと思います。

伊集院静
今回の候補作の中でおそらく一番の支持を受けるだろうと思った。
特に「よるべのみず」は読後に苦くて酸っぱい感情が湧き、
ひさしぶりにこころを動かされた。
ただ私には大半の小品が、
小説というよりルポを読まされているように思えて推すことができなかった。


映画『マガディーラ 勇者転生』  映画関係

[映画紹介]

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「バーフバリ」(2015,2017)の
S・S・ラージャマウリ監督2009年の作品。
「バーフバリ」のヒットで、
発掘されたと思われる。

冒頭、古代インドでの二人の男女の死が描かれる。
その死に方や壮絶。
こんな死に方があるのか。

と、舞台は一転、400年後現代インド
青年ハルシャは、町で出会った女性の手に触れた瞬間に、
前世の記憶があふれ出してしまう。
ハルシャは、1609年ウダイガル王国の
近衛軍戦士の生まれ変わりだったのだ。
ハルシャは、見失ってしまった女性を捜すが・・・

と、いろいろあって、記憶が回復して、舞台は古代インドに。
バイラヴァは、国王の娘ミトラ姫と愛しあうが、
王国を奪おうとする軍司令官のラナデーヴのたくらみによって
窮地におちいってしまう・・・

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というわけで、冒頭の男女の死への経緯が語られ、
そして、再び舞台は現代インドに。
それぞれの生まれ変わりの人々が集合して、
400年前の因縁が解かれる・・・

と、まあ、インド映画!という展開。
インド映画だから、当然ミュージカル・シーンがある。
不思議な不思議な振り付けを目が楽しむ。
(Tシャツのすそを持って踊る、なんて誰が考えるか)

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壮大なストーリー、華麗な装置(CGだが)、
善悪入り乱れる戦闘場面、
と「バーフバリ」を彷彿させるシーンが続出する。
特にバイラヴァの獅子奮迅の戦いに、
将軍が感動した時は、
こちらも感動した。
それ以外にも、バイラヴァのトルネード、
因縁の場所の造形、
ヘリコプターを粉砕するシーンは「おーっ」と声を挙げてしまった。

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映画が娯楽、であることを改めて認識させてくれる楽しさ。
これよりスケールはずっと小さいが、
昔(1950年代)の東映時代劇にはこういうものが沢山ありましたぞ。
突然始まるミュージカル・シーンもあった。
そのDNAを無関係に受け継いで、
今も生きているインド映画。

こういう試行錯誤を経て、
あの「バーフバリ」につながる、
と旧作発掘に感謝。

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エンドクレジットの映像が楽しい。

「マガディーラ」とは、「勇者」とか「偉大なる戦士」の意。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/TgPGrHaNPvs

ミュージカル・シーンを観たい方は、↓をクリック。

https://youtu.be/oMwyxM9MZ50

新宿ピカデリー他で上映中。

タグ: 映画

香港・マカオ旅行記A  旅行関係

香港名物、高層アパートのエアコン室外機。

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冷房専門で、
香港の人は暖房という概念がないそうです。

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それにしても、建物が醜い。

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と言っては悪いですね。

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朝食はホテルではなく、市内の飲茶レストランへ。

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地元の人たちが行く店です。

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時には結婚式もするらしい。

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やはり、朝は、お粥。

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他にこんなものや、

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蒸しもの。

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外へ出ると、土砂降り

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晴れの予報なのに、
「一時、所により雷雨」が、ここに。

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予定を繰り上げて、寝具店に。

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高反発の枕を売っています。

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この方、中国人に見えますが、

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「私、日本語達者な日本人です」と。

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こんな具合に枕を試して、

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多数の人が購入。

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我が家も2個お買い上げ。

その後は、昨日の時計台のところで、

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プロムナードを散策。

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昨日の「シンフォニー・オブ・ライツ」の会場です。

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その後は、
1881ヘルテージへ。

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1881創建の水上警察本部の建物を補修・改装して
2009年にショッピングモールとホテルとしてオープン。

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当時の建物を残したまま、

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下はブランド店、
上はホテル「ハウレットハウス」に。

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この樹は樹齢百年。

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香港、意外と観光資源が少ないですね。

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それから港に行って、

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マカオへの高速船に乗ります。

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香港から一旦「出国」。

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1997年に、香港はイギリスから中国に返還され、
1999年に、マカオはポルトガルから中国に移譲されましたが、
どちらも特別行政区として、
中国大陸とは異なる政治制度を有します。
通貨も別。
つまり、「一国二制度」。

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香港で出国手続きをし、
マカオでは入国手続をします。

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昔より船が大きくなりました。

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その分、快適。

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荷物は大きさ制限があり、
一定の寸法以上は追加料金を取られる、
とガイドブックには書いてありましたが、
実際は計る手間を考えて、
どんなサイズもスルー。

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チケットには、座席表からシールが貼られます。

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昔、航空機の座席も同じ方式だった、
と言っても信じてもらえるかどうか。

はるか遠くに、
香港とマカオをつなぐ橋が見えます。

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港珠澳大橋(Hong Kong-Zhuhai-Macau Bridge)といい、

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幅42m、全長35qと世界最長クラスの海上橋になります。
今年末には完成予定。
今まで船で1時間余かかった時間が
30分に短縮されます。

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そうなったら、この船はどうなるのでしょうか。

マカオが近づくと、
怪しげなメールが入って来ました。

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そういえば、港にこんな看板がありました。

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オレオレ詐欺は香港・マカオまで波及しているようです。

マカオの入国ではスタンプは廃止、
代わりにパスポート番号などが書かれた
ちいさな紙片をくれます。

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マカオにも高層アパート。

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人口密度は1キロ平方あたり1万8千568人。

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従って、上に上にと住居を積み上げます。

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昼食は、ここでポルトガル料理を。

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旧ポルトガル領だった名残です。

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そういえば、港の表記も
中国語とポルトガル語と英語でした。

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ここも地元の人が集まるレストランで、

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大皿で出て、取り分ける料理です。

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ポルトガル風コロッケや

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ポルトガル風チャーハン

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など、全8品。

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これから、世界遺産の観光に出掛けます。


映画『検察側の罪人』  映画関係

[映画紹介]

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東京地方検察庁を舞台に、
人望の厚い先輩検事と
彼に心酔する新米検事の
ある殺人事件を巡る
葛藤を描く。

題名の持つ味
(アガサ・クリスティの「検察側の証人」のもじり)
に惹かれて、鑑賞。

観終えた後、
こういう、検察官がとんでもないことをする話、
どこかで読んだことがあるなあ、
と思って、本ブログを調べてみたら、
4年前に雫井脩介の原作本を読んでいたのだった。

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そこで、原作との相違を述べます。
原作は原作、映画は映画、
という主張があることは確かですが、
映画を観た後、
「原作ではこうだった」
「原作とは、こう違う」
などと話すのは、
映画の楽しみ方の一つだと思うからです。

ただ、ネタバレを含みますので、
観る予定の人は、観てから読んで下さい。

ストーリーを含めた原作についてのブログは、↓をクリック。

原作本

基本的にストーリーは、原作を踏襲
ただ、原作に付け加えた部分が問題。

まず、事務官の橘沙穂が、
記事にするために検察庁に潜入
というのは、原作にはない。
そもそもこんな現実的に無理な設定は、全く不要

最上の学生時代の親友で国会議員の丹野の
国が戦前に向かっているという思想
及び最上の祖父のインパール作戦における
書物における反戦の訴え、
というのも原作にはなく、
これは監督の好みを反映させたものと思うが、
全くの空振り

容疑者弓岡を巡るヤクザがからむ部分も原作にはないが、
これは弓岡を最上が誘い出す理由としては成立しているかもしれない。

23年前の事件を追う水野という記者が原作には出て来るが、
それはカット

協力者として、
白川という老練な弁護士が原作に登場するが、
その活躍の場面はなく、
お祝いのパーティーで挨拶するのみ。
映画の観客は、山崎努が演ずるこの人物が誰なのか、
最後まで分からないだろう。

葬式の奇妙な舞踏は、意味不明。
川の向こう岸の舞踏も同様。

ラストは原作を大幅に改変。
原作では最上は逮捕されるが、
映画では放置。
この終わり方で納得できる人はいるだろうか。

特にインパール作戦を通じての反戦の部分は、
最上の夢に出て来るくらいだから、
重要なつもりだろうが、
なぜこんなことをするのだろうか。
映画に監督の思想を上乗せするのは、やめてもらいたい。

23年前の時効になった事件
犯人が逃げおおせたのに対し、
最上が何でそんなに強烈に犯人を許せず、
冤罪をでっちあげてまで犯人を死刑にしたい、
そのためには自分が殺人を犯しても是とする、
というほど強烈な過去へのこだわりは、
ついに納得させることは出来なかった。
これは原作共通の弱点だが、
新米検事たちの教官として、
正義と法を説く最上のキャラクターとは整合しない。
映画化に際して、この弱点を補うものがあるかと思ったが、
その工夫はなかった。

全体にセリフが聞き取りにくく、
分かりづらい展開。
収穫は、
諏訪部を演じた松重豊
松倉を演じた酒向芳
卓抜な演技だろうか。

私は、日本の監督は小説を読みこなす力がない、
その結果、原作をいじっては失敗するという持論の持ち主だが、
今度もその持論を裏付けられる結果となった。

5段階評価の「3」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/fG4_Yq0ee_I

TOHOシネマズ他で上映中。

タグ: 映画




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