連作短編集『おやすみ、東京』  書籍関係

[書籍紹介]

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12の章で構成された、連作短編集。
どの章も「時計が1時を打った」等の一行で始まり、
深夜の東京の一隅での出来事を扱っている。
登場人物は一つの章から次の章に引き継がれ、
やがて交差し、関わり合い、結びつき、
全体で一篇の長編小説の趣を呈する。

登場人物は、
映画会社の小道具係の沢渡美月、
深夜タクシー<ブラックバード>の運転手松井、
都の<カラス対策プロジェクト>のスタッフで新聞配達の浩一。(美月の恋人)
「東京03相談室」オペレーターの冬木加奈子、
不要電話回収業者のモリイズミ、
昔俳優だった父の映画を探して観ている探偵の田代(シュロ)、
深夜食堂<よつかど>を3人の友人と開いたアヤノ、
小道具倉庫番でバーテンになる前田、
俳優としてデビュー間近のハルカ、
俳優仲間11人で寮生活をしている栄子、
深夜道具屋のイバラギ、
アメリカで轢いた犬の供養をする監督、
映画館の雑用係の冬木蓮、
などなど。

お互いに捜し合ったり、
もう一度会いたい、と思ったりしている。
物語の中で知り合い、惹かれあう者もいる。
それぞれがジグゾーパズルの最後のひとかけらになったりする。

たとえば、第一章「びわ泥棒」で、
沢渡美月は、撮影に使われる小道具として
びわを朝までに調達するように命じられる。
こんな時頼りになる深夜タクシーの松井と共に探し回るが、
季節外れで見つからない。
カラスの動向によりびわの生えている場所を知っている浩一の情報で
その場所に行くと、先客がびわを盗んでいた。
それが冬木加奈子で、
第2章「午前四時の迷子」は加奈子の話になる。
〈東京03相談室〉でオペレーターが混み合った時に自動応答する
留守専用機を廃止することになり、
回収業者のモリイズミと出会う。
次の第3章「十八の鍵」は、
深夜タクシーの運転手松井は、
過去に住んでいた部屋の鍵を十八個持って、
順番に訪れている客を乗せる。
その青年は、脇役専門の俳優だった父が
唯一主演した作品が深夜に限定上映されるということで、
映画館に行くために松井の運転するタクシーに乗ったのだった・・・

という感じに、
前の章の人間が後の章にも登場して、
前の章で呈示した課題を回収していく。

そういう意味でウィットに富んだ作品で、
深夜の東京という舞台がよく栄える。

角川春樹事務所のオンライン小説
Webランティエに連載。

作者の吉田篤弘は、
作家でもあり、デザイナーでもある。
装丁も作者本人がしている。

映画にしたら面白いだろうな、と思われた。


映画『チャーチル ノルマンディーの決断』  映画関係

[映画紹介]

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先のアカデミー賞で主演男優賞、メイクアップ賞を受賞した
「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」
と同時期に製作された作品。
ただし、本作「チャーチル」の方が5カ月ほど公開は早かった。

第2次世界大戦時の英国の首相ウィンストン・チャーチル
ナチス・ドイツとの戦いを描く点で同じだが、
「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」が
1940年のダンケルク救出作戦を描いたのに対して、
「チャーチル ノルマンディーの決断」の方は、
その4年後のノルマンディー上陸作戦を描いている。
また、「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」の
主演男優が特殊メイクでチャーチルに似せたのに対して、
「チャーチル ノルマンディーの決断」では、ブライアン・コックス
地のままの顔で演じている。

連合国の作戦で第2次大戦の局面を変えた
1944年6月のノルマンディー上陸作戦。
しかし、チャーチルはノルマンディー上陸作戦には、
終始一貫して反対の立場を取った、
と本作では伝える。
というのは、
チャーチルは第1次世界大戦の時、
オスマン帝国軍との戦いにおいて、
トルコのダーダネス海峡のガリポリ半島上陸作戦
立案者として失敗した経験があり、
約50万もの若者を無駄死にさせてしまった
後悔の念に捕らわれていたからだ。
ノルマンディー上陸作戦が実行されれば、
また多くの若者の命が奪われる、と。

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映画は、ノルマンディー上陸作戦の4日前から
96時間の経過を描く。
チャーチルは国王ジョージ6世臨席の
アイゼンハワー連合国軍最高司令官将軍との会見で
反対意見を述べる。

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しかし、作戦は決定済みで、
会議にチャーチルはオブザーバーとしてしか出席を許されていない。
チャーチルは何とか作戦の阻止を目指して、
様々な工作をするが・・・

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ウィンストン・チャーチルの生涯における
「最も精神的に不安定な瞬間」4日間の
人間チャーチルの苦悩の姿が見もの。
天候の不順を期待し、
他の作戦を画策し、
最後には神にさえ祈る。
ベッドにひざまづいて「神よ」
と祈り始めて自己嫌悪に捕らわれる。

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タイピストに当たって
人間としての小ささを妻クレメンティーンに非難され、
最後には平手打ちさえ見舞われる。

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そして、作戦が始まると、
腑抜けのようになってベッドに転がる。
その姿を英国の舞台俳優として名高い
ブライアン・コックスが人間味たっぷりに演ずる。

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4年前、国民を鼓舞した時の姿に比べ、
チャーチルは老いたとしか思えない。
まるで指導者としての適性を失ったように思える。
「チャーチルはノルマンディー上陸作戦を止めようとしていた」
というのが、
歴史的に事実かどうかは分からないが、
一つのドラマとして興味津々の内容だ。

その間に妻クレメンティーンとの確執、
国王ジョージ6世との交流もたっぷり描かれる。
特に国王との対話は胸を打たれる。
国王を演ずるジェームズ・ピュアフォイは、
奥深い人間像を表出する。
クレメンティーンを演ずるミランダ・リチャードソンも見事な演技。

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「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」同様、
タイプを打つ秘書が重要な役割を果たす。
秘書を演ずるのは、エラ・パーネル
アイゼンハワーを演ずるのは、ジョン・スラッテリー

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それぞれが苦悩を抱えながらチャーチルに対する姿に、
まるで演劇を観ているような興奮を与えてくれる。
含蓄のあるセリフが奔流し、
胸に留まる。

監督はジョナサン・テプリツキー
脚本はアレックス・フォン・チュンゼルマン

1944年6月6日午前6時、
チャーチルの国民を勇気づける演説が始まり、
ノルマンディー上陸作戦は成功し、
2カ月半後、パリは解放された。
結果として、チャーチルは間違っていたことになり、
何も「決断」はしていないが、
歴史の奔流の中、
一国の指導者が
過去のトラウマと闘う姿を見せて、興味深い。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/Jphowa1iFU0

タグ: 映画

韓国の歴史認識  政治関係

私は隣の国、韓国については、
既に見放しており、
勝手にどうなろうと構わない、
というスタンスだが、
今日、産経新聞の黒田勝弘さんのコラムに、
ある重要なことが書いてあるので、
節を曲げて、取り上げてみたい。

ちょっと古いが、
2013年11月、あるサイトに
「棚ぼた式独立」の傷うずく韓国 反日にいそしむ根源
という筑波大学大学院教授・古田博司氏の論文が紹介されていた。

韓国の全国民が
集団催眠にかかったように反日にいそしむ姿は
異常を超えて戯画的ですらある。
では問題の核心はどこにあるのか。
日本の贖罪や償いとは一切関係ない。
それはひとえに
韓国が独立戦争で勝ち取った国でないという
韓国人自らの「脛の大傷」にある。
米軍進駐により棚ぼた式に独立を得た韓国には、
そもそも国家の正当性というものがないのである。

続けて、こう書く。

その正当性をひねり出し、
脛の傷に絆創膏を貼る必要があった。
韓国の歴史認識という「正しさ」の捏造である。
韓国のいわゆる民族主義観は次の4点から成る。

1.高度な文明国だった朝鮮が
  野蛮人とみなされていた日本人に侵略され侮辱された
2.朝鮮統治における「改善」は、
  朝鮮人を効率的に搾取し支配し同化するため
  日本が朝鮮近代化を必要としたにすぎない
3.統治時代、朝鮮人民による解放闘争が継続的に行われた
4.日本人が朝鮮人に対する非人道的方策を推し進め
  一方的かつ高圧的に臨んだため、
  抵抗運動は活発化し同化政策は失敗した

これについては、次のように反論する。

李氏朝鮮に高度な文明などなかった。
経世済民を思わぬ李朝政権により
朝鮮は貧窮に閉ざされていた。
日韓の保護条約は高宗王が大臣5人に丸投げして生まれた。
不法ではない。
不法なら時の列強がそれを盾にたちまち襲いかかったことだろう。

収奪史観は日本のマルクス主義者たちが教えた方法である。
が、貧窮の朝鮮には収奪するものがそもそもなかった。
インカ帝国のように金でも採れれば収奪しようもあったろうが、
何もなかったので他の植民地支配のように過酷にはなり得なかった。
労働を知らない彼らに
その価値や意義から教えなければならなかったことが
日本による「改善」其(そ)の一であった。

植民地統治は一応の成功を収めた。
巨額の投資が行われ、朝鮮は年々経済成長し、
近代教育は一般化し、
1945年以降の教育制度の前提を成した。
コメを収奪する必要もさらさらなかった。
年々豊かにとれるコメは、
民法で保証された農民の土地で収穫され、
経済原理により日本に輸出された。

都市では戦後の企業を立ち上げる有能な経営者が
総督府や銀行と協力し、民族資本家として育っていった。

そして、最後に、こう書く。

だが、これらが実証されたからといって
韓国の民族主義史観が放棄される兆しは残念ながらない。
それを認めれば、国家の正当性が崩れてしまうからである。

解決策はもはやない。
植民地統治が合法的に自然に始まり、
独立戦争のないまま米軍の進駐で自然に終わったという、
朝鮮近代化の真実を韓国人が認めることはあり得ないだろう。


事実、日本の統治時代、
初期には抵抗運動などがあったが、
後期は安定し、
日本が与えてくれた経済的豊かさを享受している姿がみられる。
もちろん、他の国に統治されていることは、
深いところで容認することはないが、
表立ったの独立運動などなかったし、
それによって韓国の独立が成立したなどということは
歴史的事実に反する。
それは、少しでも日韓史を勉強すれば分かることだ。

だから、歴代政権は、
韓国独立が日本の敗戦で実現したことまでは
曲げようとはしなかった。
歴史的事実だからである。

しかし、文在寅政権は、ついにそこまで手をつけようとしている。
それが、黒田勝弘さんのコラムである。

対日解放 自力で勝ち取った? 

いささか旧聞に属する話かもしれないが、
韓国で「光復節」と称される今年の「8・15記念式典」で
文在寅大統領が行った演説が気になっている部分があり、
そのことを書いてみたい。

「光復節」は1945年8月15日、
日本の支配・統治からの解放されたことを記念する祝日だが、
日本支配からの解放(光復)はどのようにもたらされたのかという
歴史的事実関係について、
これまで教科書などで教えられてきた゛定説゛とは異なる解釈
というか主張を語っているからだ。

「わが国民の独立運動は世界のどの国よりも熾烈でした。
光復は決して外から与えられたものではありません。
先烈たちが死を恐れず共に戦い勝ち取った結果でした。
すべての国民が等しく力を併せ成し遂げた光復でした」

これまで各種の教科書によると
「光復」いうのは
「連合国の対日戦勝によってもたらされたものだが、
同時にわれわれの粘り強い独立運動の結果でもある」
と記述され、教えられてきた。
ところが演説は、解放は米ソなど連合国の対日戦勝、
つまり日本の敗戦の結果である「外から与えられた」ことを否定し
「自分たちの手で勝ち取った」と言うことだけを強調した。
大統領就任1年目の昨年は単に
「光復は与えられたものではありませんでした」と述べていたが、
今年ははっきり「外から」を付け加えることで、
自力解放を断定しているのだ。
 
韓国の歴史学者や教科書執筆者は
「8・15」の歴史については昔から悩んできた。
日本統治時代の歴史は「独立闘争の時代」として描かれ、
日本に対して抵抗し戦ったことが詳細に語られてきたが、
結果的には日本の支配を自力で打ち破ることはできず、
日本の敗戦を待つしかなかった。
この鬱憤(うっぶん)こそが韓国人にとっては
最大の「歴史的ハン(恨)であり、
いまなお執拗に展開される゛反日現象゛の背景でもあるのだが、
その結果、教科書などでは
「同時に独立運動の結果でもある」と両論併記にして
「鬱憤(恨)晴らし」の一助にしてきた。

それを大統領演説は一気に「光復は自力だった」としてしまった。
韓国では政権が代われば歴史認識や記述も変わる。
これから教科書でも「光復は連合国の対日戦勝でもたらされた」
という部分(事実)は削除されるのだろう。

大統領の「8・15演説」というと思い出すのが
1981年の全斗煥大統領で、
「光復」について連合国の対日勝利という「民族外的要因」を指摘し
「過去を真実以上に美化することによって
空虚な自尊妄大に陥ってはなりません」
と自戒を述べている。
37年前のことだが、
歴史認識という意味では民主化闘士の文在寅より
軍人出身の全斗煥氏の方がはるかに正直で余裕があったということになる。
それに日本支配からの解放(光復)を語るのなら当然、
なぜ日本に支配されたのかも語らなければならないはずだが、
文在寅演説には去年も今年もそれはない。
全斗煥演説はそれを語り、
金大中大統領も「支配を受けた根本原因はわれわれにある」
(2000年の6・25朝鮮戦争記念日演説)と語っていたが。

文政権は「3・1抗日独立運動100周年」の来年、
盛大に記念行事をやるという。
政府主導で日本に対する「勝った、勝った」という、
悩みや自戒抜きの歴史イベントが展開されそうだ。


歴史の捏造も
ついにここまで来たか、
と暗澹たる気持ちである。


評論『イエスの実像に迫る』  書籍関係

[書籍紹介]

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「『イスラエル・ユダヤ・中東・聖書』がわかる日本唯一の雑誌」
という「みるとす」誌
2007年10月から2015年4月に連載されたもの。
しかし、出版は2018年5月。

イエスという人物はキリスト教の開祖だということになっているが、
本人は、「キリスト教を始める」という意識があったわけではない。
ユダヤ教の環境の中で、
宗教改革者として登場した。
その教えがあまりに独特なものであり、
思想的生命力があったので、
ユダヤ教から枝分かれして、
キリスト教の2千年の歴史が作られたわけである。
その数百年後、
やはりユダヤ教からイスラム教が生まれている。

主にヨーロッパで広がり、
キリスト教文化を作ったから、
そのイエス像もヨーロッパ的なものになった。
中世名画に描かれたイエス像はヨーロッパ人の風貌であり、
衣服や建物も自然も、
ヨーロッパの文化を反映している。
絵画の作者たちは、
千数百年前のユダヤの文化との違いなど
分からなかったのである。

映画では、さすがに時代考証がされるから、
当時の風俗が反映されるが、
イエス像は欧米の俳優によって演じられ、
なにしろ英語を話す。
メル・ギブソン監督の「パッション」(2004)がユニークだったのは、
イエスが当時そのままの古代アラム語を話したからである。

というわけで、
我々が想像するイエス像は、
一旦ヨーロッパの文化を通じたものになっている
ことを知らなければならない。

イエスという人物は、神であっても、
「この世に生を受けた」生身の人だと私は聞いていた。
しかしそう教えられたのは、まだ子供の時だ。
「人として生まれる」とはどういうことなのか、
全体像を理解することなど全くできなかった幼い時代である。
私はカトリックの修道院の経営するミッションスクールの幼稚園生であった。
一年後に同じ学校の初等科(小学校)に進んだ。
ずっとシスターたちに教えられ、
毎日のように聖堂に行ってお祈りをした。
ミサはラテン語で唱えられ、グレゴリオ聖歌が歌われていた。
子供の私に刷り込まれたイエス像は、
主に中世名画に描かれた生活臭のないマリアから生まれ、
一種独特の静かさを持った中性的な男性だった。
整った顔だちだが、
美醜を判別する根拠さえないほど現実離れしていた。
画家たちはイエスを描く時、
何よりも実在感覚が表面にでるのを恐れたのだろうか。
私が対面するイエスの肖像は
やはり超人として描かれたものばかりだった。


目次は、次のとおり。

ユダヤ社会の四十八の徳
  (平凡な家庭のユダヤ教徒として生まれる)
意識して犯した罪、意識せずに犯した咎
  (イエスの知性、感性を鍛える社会)
満九歳で一人前の男
  (ユダヤ人をユダヤ人とならしめるもの)
償いの掟
  (ユダヤ人の理性、思想はこうして研ぎ澄まされた)
真理はあなたを自由にする
  (あらゆる人、あらゆるものから学ぶことができる)
人は神の視線の中で生きる
  (現世のひだに神の声を聞き続ける)

本書は「イエスはユダヤ教教徒だった」
ということから始めて、
イエスの実像に迫る、
というのだが、
その実、当時のイエスを取り巻く
ユダヤ人たちの生活を描くに留まっているのは残念。

当時のユダヤ人が生きた社会の現実は、
主に2世紀に集大成された「ミシュナー」という本に頼っている。
そこには、日常的な様々な決まり事によって規程された
人々の生活ぶりが掲載されている。

その中で、イエスが「不倫の子」として白眼視されていた、
という恐るべき見解が示されている。

あの子の誕生は何かおかしい。
ヨセフはマリアを庇っているが、
あれはヨセフの子ではないだろう、
という噂をうち消すことはできない。
その結果生まれたイエスは、
昔風の差別語で言えば「私生児」だ。
ユダヤ社会において、
姦通の子は人間以下の
「犬の子」「豚の子」と見なされる。


だからこそ、新約聖書、福音書の冒頭で、
イエスの系図が語られ、
聖霊によって身ごもったことが強調されているのだろう。
いずれにせよ、

思いの他豊かだった農村の暮らしの中で、
イエスは自分がヨセフの子ではないようだ、
という村民たちの疑いの眼と噂にさらされながら、
質素を村の暮らしを続けていたのである。


こんなことは教会では教えない。

また、エルサレムが
過ぎ越しの祭りの時など、
犠牲を焼く火のために
すさまじい煙と臭気に包まれていた、
「一種の煙による公害の町」だった、
などという想像も面白い。
もっとも羊や鳥を焼くのだから、
焼き肉好きには良い匂いだったかもしれないが。

アフリカの村に住む人たちの多くは、
今でもあまり遠距離を移動することがない。
彼らの足は強く、バスに乗らなくても
私たちよりはるかに遠くまで行ける能力があると思うのだが、
彼らには遠くまででかける動機がないのである。
どこまで行っても、
別に町や大学やショッピング・センターやテーマパークや
宗教的な本山があるというわけではない。
同じような荒野が続いているだけだから、
何も移動する必要はないのである。


などという記述を読むと、ああ、そうなのか、
と納得する。
しかし、こう続ける。

その点、イスラエルは違った。
そこには歴史や文化も宗教もある。
人々は文字を読むことができ、
細かく分類された社会の規範・
制度化された宗教上の感覚を持っていた。
だからエルサレムの神殿という
途方もない偉大な場所があり、
そこへあらゆる庶民までが動員される情熱も生まれた。


イエスが普通の人のように、
社会的に結婚していたがどうかについては、
こう書く。

妻を娶り子供を持っているラビのほうが
円満な人格のように見えることは間違いないが、
ラビ達は、学びの面と巡回教師的な生活の面との
双方で極めて忙しく、
結果的に、三十代、四十代の後半になって、
やっと結婚することも多かったようである。
だからイエスが、まだ結婚しないでいたとしても
それほど不自然ではないと考えられる。


「イエスの実像に迫る」という題名の本であるが、
実像に迫ったとはいいがたい。
そういう意味で看板倒れの本だが、
こうも書いている。

三十歳少し過ぎの、
まだ恐ろしく若かった晩年のイエスの心理については、
人間の憶測不可能な範囲である。


いずれにせよ、
2千年前以上の、
はるかかなたの土地に生きて死んだ
一人の青年のことなど、
想像することしかできないし、
正解などあるはずがないのである。

ただ、次の記述は胸を打った。

F・ホームズ・ダッデンによれば、
イエスは、深く広い意味で、
我々の人間性を否定することは全く言わなかった、という。
欲望の満足を罪だとも言わず、
肉体を軽侮するように勧めてもいない。
世捨て人の方が、この世のしがらみに塗れて生きている人より
霊的に高い水準にいるとも言っていない。
イエスは私たち普通の人間が持っている
あらゆる属性を受け入れたのである。


従って、あらゆる宗教的束縛も制度も、
その後の人々が作ったものであって、
イエスによるものではないのだ。
(世界の大宗教の中で、
キリスト教は食べ物へのタブーがほとんどない。
回教、ヒンズー教、仏教と比べてみれば、よく分かる。)

だから、イエスは、福音書の中で、
こう言っている。
「真理はあなたたちを自由にする」
と。


映画『オーケストラ・クラス』  映画関係

[映画紹介]

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パリ19区にある小学校へ
音楽教育プログラムの講師としてやってきた
ヴァイオリニストのシモンは、
初日から先が思いやられる経験をする。
集まった6年生の子供たちは、
クラシック音楽など聴いたことがなく、
ヴァイオリンに触れたこともなく、
私語だらけで、落ち着きがなく、
ケンカばかりしている状態だったからだ。

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シモンがこの仕事を受けたのも、
経済的なものか、何か理由があり、
音楽技術は確かでも、
何か挫折の経験があるようだ。

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しかし、アーノルドという才能がある子供の出現で、
シモンは何とか耐えていくことが出来る。
子供たちも次第に目覚めて来て、
自分たちで集まって
アパートの屋上で自主練習したりするようになる。

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しかし、他校との合同練習で赤っ恥をかいたり、
練習場が使えなくなったり、
自信喪失したシモンが悩んだり、
シモンに演奏旅行のオファーが来たりと、
次々と困難が待ち受ける。
一年後の演奏会を目指して頑張るが・・・

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と、まあ、よくあるありきたりの筋書きだが、
描き方は工夫されている。
何より、子供たちが生き生きと演じているのがいい。
騒ぐ子供たちの前でシモンがメンデルスゾーンを弾いてみせると、
さすがの音色に子供たちが沈黙してしまう場面、
シモンが暴力をふるったと抗議に来た父親の家に行ったシモンが
両親の前でバッハを演奏すると、
やはり両親が涙ぐんでしまうシーンなど、
音楽というものの与える力が発揮される場面で胸を打たれる。

シモンが派遣されたパリ19区というのは、
移民外国人が多い地域で、
子供たちもそれを反映しており、
質はものすごく悪い。
日本の教室崩壊以上の場面が現出する。
人種や宗教、差別と貧困が背後にあるから、
日本の学校よりもっと複雑だ。

この音楽教育プログラムは、
実在の音楽教育プロジェクト「D mos (デモス)」で、
音楽に触れる機会の少ない子供たちに、
無料で楽器を贈呈し
プロの音楽家が音楽の技術と素晴しさを教えるものだという。
教育を受けた子供の約半数がその後も音楽を続ける成果を上げ、
マクロン仏大統領やメルケル独首相も現場に訪問するなど
成果を挙げているらしい。
この映画は、そのプログラムにインスピレーションを得て作られた。

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最後の演奏会の会場は、
公民館程度の場所、と思っていたら、
ものすごく大きく立派な会場で驚いた。
パリ管弦楽団の本拠地として知られる
大規模コンサートホール「フィルハーモニー・ド・パリ」だという。
その上、演奏するのは、
リムスキー・コルサコフの「シェラザード」。
とても1年間の訓練で
演奏会レベルに到達出来るとは思えないが、
まあ、映画だからね。

音楽というものが人間に与える力を見せて、
ちょっとした感動を与える作品。
音楽モノに対しては、私はつい、点が甘くなる。

監督はラシド・アミ
シモン役のカド・メラッド
哀愁と知性を感じさせて、好演。

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5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/jiD8jPNS4q4

ヒューマントラストシネマ有楽町他で上映中。

タグ: 映画




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