小説『シャイロックの子供たち』  書籍関係

7月です。
もう今年は半分を過ぎてしまったとは。
歳月の過ぎるのが早くなっているようです。


[書籍紹介]

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池井戸潤の、銀行を舞台にした人間ドラマ。

メガバンクの東京第一銀行の長原支店。
小さな店構えだが、
大田区の住宅街で50年の歴史を誇る老舗だ。

まず第1話で、副支店長の古川を巡る話が展開する。
投信の販売実績を追及するあまり、
反抗的な部下に思わず手を上げてしまう古川。
その部下は意外にも警察に被害届けを出し、
なんとか穏便にまとめようとする古川の要望を拒絶する。
その背景には、融資先の倒産を巡って
部下に責任をなすり付けたとこへの意趣返しがあった。

第2話は、社内研修に病気で欠席したことで
出世コースから外れてしまった友野が、
妻子を養うために、
10億円の融資を実現するために奮闘する話。

第3話は、女子行員の北側愛理が、
家計を助けるために節約し、
社内恋愛の恋人とのデイトもままならない中、
100万円の札束の紛失事件が起こり、
その疑いの目を向けられる。
かばってくれたのは、上司の西木だった

と、支店を巡る登場人物を各章で主人公にした連作短編か、
と思わせていたところ、
それらの別々の物語が
長原支店を巡る大きな事件につながっていく。
短編集と思わせておいて、
実は長編小説だった
と判明する後半がスリリング。

そして、描かれているのは、
銀行という大組織の中の
出世を巡るあがきだ。
銀行というところ、
一つの失策で簡単に出世コースから外され、
人生を損なってしまう。
従って、行員は失策をしないように励むだけでなく、
本部が設定した販売目標に向けて、
過酷なノルマをこなすために努力する。
支店長も副支店長も、
実績を上げ、
上にのし上がるために必死になって
部下を叱咤する。

だから、新規取引先の開拓を巡って上司の圧力に堪えきれなくなって、
精神に変調をきたらす遠藤のような人物が出て来る。

その根底にあるのは、
妻や子を養わなければならない、
という痛切な思いだ。

おそらく大企業では日常的に行われている出世レースは
同じようなものだろうが、
銀行の置かれた社会的位置が大きいだけに、
その中での人間の軋轢はすさまじく感ずる。

元銀行員の池井戸潤だからこそ書ける物語。

その中には、読者を誤誘導するテクニックも使っている。

検査部の黒田の述懐。

部下の悪口イコール自らの保身。
こういう管理職が、一番質(たち)が悪い。
そして、こういう管理職が、銀行には最も多い。
いや、銀行だけでなく、
どんな会社でも同じかもしれないが。


業績トップの滝野の父親のセリフ。

「銀行に入ったら、とにかく出世せいや」
「出世せんかったら銀行入ってもつまらん」


しがないサラリーマンで終った滝野の父の中にある
大企業での出世の夢を負わされた滝野。

年下の課長にいじめ抜かれて飛ばされた先輩の言葉。

「出世しろよ,滝野。
銀行では偉くならなきゃなにもできない。
俺なんかだめだ」


そんな滝野の思い。

不公正な人事に誰も口を挟むものはなく、
ましていじめだと指弾する声もなかった。
業績を上げることを至上命令とし、
そのためには手段を選ばぬ“やり手”と評される課長は、
ついて来られなものを確実に切り捨てていく。
その課長の業績に依存している支店長は、
課長の言うがままに人を動かし、
失格の烙印を押された者を無情に飛ばしていった。


融資課の新人田端は、
駐車場で車の誘導をしている庶務行員と交流し、
こう述懐する。

不思議なことに、出世とか昇格とか、
そんなものとは無縁の人間たちほど、
魅力的で温かい。
銀行ってところは、ヘンなところだ。


確かに出世コースから外れた人たちは、
ギラギラしたところが失せて、
丸くなるのかもしれない。

事件は、意外な展開を見せて終息する。
ラストは少々煮え切らない感じで、
いつもの池井戸作品らしい
スカッとしたところはないが、
とにかく、読み始めたら終らない、
やはりいつものとおりの池井戸作品であった。

なお題名の「シャイロック」とは、
シェイクスピアの「ヴェニスの商人」に登場する強欲な金貸しのこと。
その「子供たち」を大銀行の銀行員になぞらえている。


ところで、
私はコンピーターの性格判断で、
「およそ組織には向かない人」という評価を得た。
(娘が全く同じ評価だった)
その「組織に向かない人」が
前の職場でどうして28年間も働けたのだろう、
という疑問に、この本は答えてくれた気がする。

つまり、私が向かないというのは、
組織には向かない」ということだったのだ。
人は社会生活を営む以上、
よほどの一匹狼でない限り、
どこかの組織に所属しなければならないのだから、当たり前だ。

私が務めた職場は、
ノルマもないし、業績追及もない。
いやな上司もいなかったし、
圧迫する役員もおらず、
職場の出世レースなど、全く存在しなかった。

そういう職場で、好きにやらせていただいた、
という印象しか残っていない。
いや、好きにと言っても、
いい加減なことをしたわけではない。
ただ、事務局長という立場に就いていた時は、
本当にのびのびとやらせてもらった。
次々と提案し、改革し、反対意見は全くなかった。
それも上に立つ理事長がそうさせてくれたので、
それは感謝しかないし、
7年続いた赤字を黒字転換させ、
組織の経済的基盤を磐石にした、
という実績を評価してもらったのだろう。

そういうわけで、
良い職場で四半世紀をすごさせてもらって、
本当に、今さらながら感謝する次第。
それも幸運だということだろう。

よく、学歴があるのだから、
もっといい所に勤められたのでは、
と言われたこともあるが、
それは大組織のこと。
いずれは、上司に反抗して組織を飛び出しただろう。
自分の体質で分かる。

人は、自分の身の丈にあった所に属する。
まさに、自分には自分の身の丈に合った職場だったのだ。
それもまた、幸運だったと言える。







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