映画『空飛ぶタイヤ』  映画関係

娘は今日、
「ファンタジー・オン・アイス in 静岡」を観に、
新幹線で掛川まで行ってきました。

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テレビではさんざん観た羽生選手
実際に滑るのを観るのは初めて。
今日は、「春よ、来い」のピアノ演奏に乗って演技をしたそうです。

テレビで観たのとは全然違う、
と興奮して帰って来ました。

同じ列の左右の人たちと仲良くなって、
掛川では一緒にうなぎを食べたそうです。


[映画紹介]

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池井戸潤の小説の映画化は初めて
と聞いて驚いた。
「半沢直樹」「下町ロケット」「鉄の骨」
「ルーズヴェルト・ゲーム」「陸王」など
テレビドラマ化されたものは多いが、
映画化はこれが初だとは。

「空飛ぶタイヤ」は、池井戸潤が本格的な社会派題材に取り組んだもので、
2009年にWOWOWで連続ドラマ化されている。(仲村トオル主演)

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二代目社長赤松徳郎が経営する
赤松運送のトラックが事故を起こした。
走行中のトラックからタイヤが外れて、
道を歩く母子連れを直撃。
母親が死亡したのだ。

当然整備不良の疑いが持たれたが、
若い整備士は、独自の調査項目さえ追加して、
ていねいに整備していた。
警察の家宅捜査を受け、
赤松運送は社会的バッシングを受け、
多くの取引先を失う。

製造元のホープ自動車は「整備不良」の結論を出した。
社員の整備を信ずる社長の赤松は
部品の返却と再調査を要求するが、
ホープ自動車は部品の返却を拒んだ。

やがて、赤松は同様な事故が多発していることを知り、
事故にあった運送会社を訪ねて歩くが、
みな取り合ってくれない。
しかし、一つの運送会社が出した車検証を見て、
赤松はホープ自動車の自動車構造の欠陥が原因だと断定し、
ホープ自動車のリコール隠しを疑い始める。

自動車におけるリコール・・・
設計や製造段階を原因とする不具合が
特定の自動車および原動機付自転車に発見された場合、
道路運送車両法第63条の3に基づき、
メーカーや輸入業者が
国土交通大臣へその旨をあらかじめ届け出て、
該当する製品を無料で修理する制度。
莫大な費用が発生するので、
企業は隠蔽しようとし、
それを「リコール隠し」という。

一方、ホープ自動車の課長の沢田は、
社内に「T会議」(TはタイヤのT)という
秘密の会議が存在していることを知り、
内部情報を収集するが・・・

という、池井戸潤得意の
大企業対中小企業の対決ドラマ。
大企業の側は決して過失を認めようとしない。
対決する赤松運送は警察の追及を受け、
バッシングにさらされ、
被害者の葬儀に出席することもかなわず、
銀行取り引きも停止され、倒産寸前になる。
ホープ自動車の側からは5千万円の一時金を呈示される。
喉から手が出るほど欲しい赤松だったが、
真実の解明の方が優先だと拒絶する。
その金があれば会社と社員と家族が救えるのに、
と赤松の部下からは反発される。

やがて、真実が明らかになる時が来る・・・

という経過が大変ていねいに描かれているので、
赤松運輸の運命を観客は息をひそめて見守ることになる。
暗い所では眠くなるという「持病」を持つ私だが、
一瞬たりとも眠くならなかったのは、
ストーリーが赤松運送、ホープ自動車、捜査本部と転々としながら
テンポよく展開するからだ。
脚本は「永遠のO」の林民夫

赤松を演ずるのはTOKIOの長瀬智也
運送会社の社長にしてはカッコ良すぎるという意見もあるが、
映画だからね。
他にディーン・フジオカ、高橋一生、寺脇康文、小池栄子ら。
ホープ自動車の悪役常務を演ずる岸部一徳は、
この手の役をやらせたら、天下一品。
もはや右に出る人はいない。

2002年に発生した三菱自動車工業(三菱ふそうトラック・バス)製
大型トラックの脱輪による死傷事故、
三菱自動車によるリコール隠しなどを物語の下敷きとしている。

大企業の力の前に泣き寝入りしてしまう人が多い中、
敢然と大組織に挑戦した中小企業社長の心意気が胸を打つ。
その気持ちが大企業の中にいる人物の心を動かす。
最後は「正義が勝つ」のだが、
やはり、映画はこうでなくてはの爽快感
池井戸作品が愛される理由だろう。

WOWOWのドラマも観たが、
5時間を2時間に圧縮した不自然は感じられなかった。

監督は「超高速!参勤交代」の本木克英

5段階評価の「4.5」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/JawAAWMtuRY

サザンの主題歌をフューチャーした特別映像は、↓をクリック。

https://youtu.be/NIqrtVwWSl8

原作についての、本ブログでの感想は、
↓をクリック。

小説「空飛ぶタイヤ」



タグ: 映画

出雲の旅・その8・天橋立  旅行関係

バスは最後の訪問地、天橋立に。

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位置は、ここ↓。

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まず、知恩院に。

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本尊は文殊菩薩で、
奈良県桜井市の安倍文殊院(安倍文殊)、
山形県高畠町の 大聖寺(亀岡文殊)などとともに
日本三文殊の一つとされています。

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808年(大同3年)の平城天皇の勅願寺として創建されたというから、
相当古い寺です。

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文殊堂

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文殊菩薩は、知恵を司る菩薩で、
「三人寄れば文殊の知恵」というのは、
特別に頭の良い者でなくても
三人集まって相談すれば何か良い知恵が浮かぶものだ、
という意味。

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ここのおみくじは、扇子型

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木にくくり付けられると、

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実がなっているようです。

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多宝塔は、国の重要文化財です。

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丹後国守護代・延永春信によって建立され、
1501年(明応10年)に落成。

昼食は、ここで。

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こういう席で、

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さめた天ぷらを。

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天橋立を高い場所から見るために、ここへ。

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リフトかモノレールか、どちらかを選びます。

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リフトを選択。

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ベルトはありません。

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こんな感じに乗ります。

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いざ出発。

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かなり長い。

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途中゛こんな表示もあります。

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降りて来る人とすれ違います。

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振り返ると、天橋立が見えてきました。

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終点が近づきます。

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ここで降ります。

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ここが入り口。

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中には、いろいろな乗り物があります。

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いい景色。

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これが、股のぞき

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こんな風に見えます。

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こんな設備があって、

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この階段を登ると、

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こんな風になっています。

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ここから見た景色が、↓これ。

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1万5千年前に海面が上昇したことから変動が起こり、
約8千年前には現在の地に砂州が形成されだしました。
約5千年前には陸上に砂州が姿を現し、
更に野田川と外海から流れてきた砂粒が堆積して
現在の形になったといわれています。

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天にいる男神が
地上に祀られていた女神のもとに通うために
かけた梯子が倒れてしまい、
それが天橋立になったという伝承があり、
それで縁結びの地として知られるようになりました。

地形は↓。

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見る場所によって全く異なる姿を見せてくれ、
昇龍観、飛龍観、一字観、雪舟観と
「天橋立四大観」と呼ばれています。

昇龍観↓北側の傘松公園からの天橋立の眺め。

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一字観↓西側の大内峠一字観公園からの天橋立の眺め。
天橋立が横一文字に見える景観からそのように呼ばれています。

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雪舟観↓東側からの天橋立の眺め。
雪舟筆「天橋立図」が描かれたことが由来。

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そして、ビューランドから見えるのが、飛龍観

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龍が天に昇るように見えることから、そう呼ばれています。

再びリフトに乗って下へ。

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途中、モノレールとすれ違います。

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砂州の部分へ。

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狭い所で20mから広い所で170mに達し、
主に観光の散策路となっています。
宮津湾の西側沿岸流により砂礫が海流によって運ばれ、
天橋立西側の野田川の流れから成る阿蘇海の海流にぶつかることにより、
海中にほぼ真っ直ぐに砂礫が堆積したことによるもので、
外洋に面さない湾内の砂州としては日本では唯一です。

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一帯には約8千本の松林が生え、
東側には白い砂浜が広がります。

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松は、人の手により植林されたものではなく、
大部分が自然発生的に生えたものです。

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レンタサイクルには乗る時間がありませんでした。

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日本三景の碑。

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2013年の観光入込客数は178万人です。

「天橋立を世界遺産に」との看板。

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京都府、宮津市などは
「天橋立−日本の文化景観の原点」という名で、
文化庁に対し世界遺産暫定一覧表記載資産候補としての
提案を行ったものの
いまだ暫定リストに選ばれていません。

帰りの飛行機は、大阪伊丹空港から。
この空港、久しぶり。

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行きは日本航空でしたが、
帰りは全日空。

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羽田に着きました。

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最後に珍しい報告を。
空港で荷物が出て来るのを見ていて、
同じトランクがないのには感心しますが、
新浦安方面行きバスに乗るため、
荷物を置いたら、
全く同じケースが並んでしまいました。
左がその方ので、右が私のもの。

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あるんですね、こういうこと。


これで、今年5月の旅行記は終わり。

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バックナンバーは、それぞれ↓をクリック。

倉敷美観地区

玉造温泉

出雲大社

足立美術館

砂の美術館

鳥取砂丘

竹田城跡


小説『民王』(たみおう)  書籍関係

[書籍紹介]

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池井戸潤による、
一風趣の変わった作品。

二代にわたって総理が政権を中途で投げ出したことから、
民政党幹事長の武藤泰山に総理大臣の椅子が回ってきた。
次の総選挙までのつなぎの政権だとみなされていたが、
国会答弁の間に異変が起こる。
泰山の息子で大学生の翔との人格が入れ替わってしまったのだ。

翔は政治には全く関心のないドラ息子で、
周囲はなんとかボロを出さないようにとりつくろうが、
秘書が作った答弁書を翔が 
目茶苦茶な読み方をしたため、
「漢字の読めない総理大臣」と波紋が広がる。
また、官房長官の狩谷に愛人スキャンダルが発覚し、
更に窮地に立たされる。

一方、翔となってしまった泰三は、
翔の就職活動のために、
いろいろな会社の面接に行かされるが、
上から目線の言い方で、次々と選考から落ちてしまう・・・

という、よくある「入れ代わりモノ」
男女高校生の入れ代わりや、
夫婦の入れ代わり、
父娘の入れ代わり
母息子の入れ代わりなどバリエーションはいろいろだが、
本書は、入れ代わりの主人公が総理大臣というのが特色。

その結果、珍妙な場面が展開するわけだが、
その最たるものが、国会答弁だろう。

「我が国は今、アメリカ発の金融キキン(危機)による、
ミゾユー(未曾有)の危機にジカメン(直面)いたしており、
景気は著しくテイマイ(低迷)しておるところでございます。
建設など、一部の業界においては
大型倒産がハンザツ(頻発)し、
製造業においては、急激な受注減によるハヤリ(派遣)労働者切りの問題がワカオキ(惹起)しておりまして、
こうした事態をカイサケ(回避)するため、
昨年から我が党が実施してきた経済対策をフシュウ(踏襲)した
積極的な景気刺激策を講じてまいる(所存)トコロアリです。
その具体的な対策でございますが、
まず失業者に特化した職業訓練制度を導入するとともに、
経営者側に対しては不当なハヤリ(派遣)労働者切りのユウム(有無)を調査し、
指導していく考えであります」

と言う按配。

この小説がポプラ社のWEBマガジン「ポプラビーチ」に連載開始したのは、
2009年8月28日。
麻生政権の末期で、
連載開始2日後の8月30日の総選挙で、
自民党は大敗し、
民主党に政権が移った、まさにその時期である。

となれば、麻生さんが国会答弁の中で、
踏襲を「ふしゅう」と読み間違えた事件を思い起こす人も多いだろう。
また、酔っぱらったかのような状態で記者会見をする
経済産業大臣も出て来る。
これもある人物を想起させられる。

この「入れ代わり」の原因は、
ある医療メーカーによる脳波移し替えによるものだとするのだが、
どうせヨタ話だから、どうでもいい。

話が展開するにつれて、
翔は泰山の体を借りて、正論を展開するようになる。
泰山は就職面接をする中で、
息子・翔の意外な側面を知るようになり、
泰山は、初めて政治を志した頃の
新鮮な思いを思い出すようになる。
まあ、予測したとおりの展開。

そして、新薬承認問題に発展する。

段々本領を発揮してきた翔が
マスコミや議員相手に正論を述べるのが痛快。
たとえば、こんな。

「よく考えてみろ。
官房長官としての狩屋になにか落ち度があったか?
政治家は結果が全てじゃないか。
俺は、狩屋がプライベートで何をしてようが
そんなことは問わない。
お前らも、くだらないことに紙面を割くぐらいなら、
もっと実のある議論をしたらどうだ。
政治家のスキャンダルなんぞで
大新聞や公共放送まで大騒ぎしているのは、
日本だけだぞ。
お前ら、そんな仕事して恥ずかしいと思わないのか。
目をさましやがれ!」

予算委員会での翔の発言。

「ここは予算委員会だろうが。
日本の国家予算を論じる場のはずだ。
さっきから黙って聞いていれば、
バナナだなんだって、
予算のことはそっちのけで
くだらねえ質問ばっかじゃねえか。
だいたいお前ら、なんのために国会議員やってんだよ。
そんなくだらねえ質問するためか。
いいか、民意はな、バナナのことなんかどうだっていいんだよ。
そんなことよりも、もっと国を良くしてくれ、
景気をなんとかしてくれって、
そう思っているはずだ。
それなのになんだ、
くだらねえマスコミに便乗し、
党首までのこのこ出てきて
バナナだなんだと時間のムダ遣いだ。
それで恥ずかしくないのか!
もう一度いう。
ここは予算を話し合う場だろう。
お前ら、国家予算よりバナナの方が大事か?」

元の体に戻ってから泰山が翔に言うセリフ。

「俺は自分が忘れちまっていたものがなんだったのか、
わかったよ。
昔の俺は、やっぱりいまのお前みたいに、
青臭くて、がむしゃらで、
そして本気に世の中のためになろうといきがっていた。
本音で生きて、みんなの声に耳を傾け、
孤軍奮闘していた。
それがいまはどうだ。
政界の論理にからみとられ、
政治のための政治に終始する
職業政治家に成り下がっちまった。
いまの俺は、総理大臣かもしれないが、
ほんとうの意味で、民の長といえるだろうか。
いま俺に必要なのは、
サミットで世界の首脳とまみえることではなく、
ひとりの政治家としての立ち位置を見つめ直すことではないのか。
それに気づいたとたん、
いままで自分が信じてきたものが
単なる金メッキに過ぎないと悟ったんだ。
いまの俺にとって、
政治家としての地位も名誉も、
はっきりいって無価値だ」

小説の掲載後、
民主党政権に代わり、
その後、民主党政権が瓦解する以前の小説である。
現実は、小説より奇なり。

2015年7月に、テレビ朝日系でテレビドラマ化
主演は遠藤憲一と菅田将暉。
好評で、2016年4月15日に、
連続ドラマのその後を描いたスペシャルドラマ
「民王スペシャル 新たなる陰謀」と、
4月22日には「民王スピンオフ 恋する総裁選」が放送された。


映画『30年後の同窓会』  映画関係

[映画紹介]

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バージニア州ノーフォークでバーを営むサルの店に
一人の男が客としてやって来る。
「俺が分からないか」
という客の顔をまじまじと見たサルは、
「ドク!」と呼びかける。
二人は海兵隊で共にベトナム戦争に従事、
30年ぶりの再会だった。

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わけありのドクは、サルを伴って、
リッチモンドにある教会を訪れる。
そこでは二人の軍隊時代の悪友のミューラーが
今では牧師として信徒の前で説教をしていた。
ドクは二人の居場所をネットで探したという。

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そこで判明したのは、
ドクは1年前に妻に先立たれ、
2日前にイラクで息子が戦死したことだった。
その息子の亡骸を基地で受け取る旅に
2人に同行してほしいというのだ。

3人はドーバー空軍基地を訪れるが、
息子の顔は銃で吹き飛んでおり、
「見ない方がいい」という助言にかかわらず、
ドクは遺体を見てしまう。

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その上、息子の死の真相を知ったドクは、
アーリントン墓地に埋葬されるのを拒否し、
家のあるニューハンプシャー州ポーツマスに搬送したいと言い張る。

こうして、息子の遺体と共に、
アムトラックで移動する男たちの旅が始まる。

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「さらば冬のかもめ」(1973)などの原作で知られる
ダリル・ポニックサンの小説を映画化。
「さらば冬のかもめ」と重なる描写が展開する。
ノーフォークからポーツマスまでのルートも同じだ。

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この原作を「6 才のボクが、大人になるまで。」(2014)などの
リチャード・リンクレイターが監督し、
3人の中年のオッサンを、
「フォックスキャッチャー」(2014)などのスティーヴ・カレル
「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」(2015)などのブライアン・クランストン
「マトリックス」(1999)シリーズなどのローレンス・フィッシュバーンが演ずるとなれば、
観ないわけにはいかないだろう。

映画は3人の中年男の会話を通じて、
ベトナム戦争時代の過去があぶり出される。
戦友の絆は、時間を経るに従い復活し、強固になっていく。
そして、ベトナム戦争の虚しさと、
イラク戦争の虚しさが二重移しになる時、
息子の死をどう迎えるかというドクの物語が鮮明になる。

サルは結婚もせずの根無し草、
ミューラーは神の導きで良い伴侶を得、
ドクは妻も息子も失った孤独の中にいる。
その3人の五十男の人生が
最後の1点で結ばれる。

そして、最後にドクの選択が間違いでなかったと分かる、
巧みなラスト。

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ベトナム戦争とイラク戦争という
二つのアメリカが起こした戦争に
今もなお翻弄される3人の男を描いて
秀逸な映画だった。

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とにかく3人のアカデミー賞候補者たちの演技合戦だけでも
楽しく観られる。

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/lM2MgKAsi5c

TOHOシネマズシャンテ他で上映中。

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出雲の旅・その7・竹田城跡  旅行関係

車窓から見る、田舎の風景。

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外国人が日本の田舎を見て、
その美しさに驚愕するそうですが、
山があって、森があって、家があって、
畑があり、田んぼがある。
本当に美しい。

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と言っている間に、
竹田城跡が近づいてきました。

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竹田城跡に行くには、
まず、ここ山城の郷に寄り、

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このチャーターバスに乗ります。

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この坂道をくねくねと登ります。

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個人客の方は、徒歩で。

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対向車が来たらどうするのか、と心配しましたが、
一方通行で、下りは別の道で降りるのだと、
後で知りました。

ここがバスの終点。

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バスから降ります。

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こんな歓迎の垂れ幕が。

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ここからは徒歩で。

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「あと○m」と励ましてくれます。

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800mほど登ります。

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市には、こういう名前の課があるようです。

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途中の展望スペースで。

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ガイドさんとの合流地点に来ました。

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この方がガイドさん。

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ここが入り口。

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ここにあった写真。

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有名な写真で、いっぺんに竹田城が全国に知れ渡りました。
一昔前まで登城ルールはなく、
1日の見学者も数えるほどで、
山を登って下りるまで
誰にも会わないことも珍しくなかったといいます。

ブームのきっかけは2006年2月、
公益財団法人「日本城郭協会」が発表した
「日本100名城」への選出。
これを機にリュックを担ぐ「歴女」ら
歴史ファンの姿が見られるようになったといいます。

翌07年には地元の写真家・吉田利栄(としひさ)さん(84)の写真で
「雲海に浮かぶ天空の城」として注目を集めました。
その頃から
新聞やテレビ、雑誌などが竹田城跡を取り上げ、
合わせて吉田さんの写真も大きく掲載されました。
「こんな城があるらしい」との噂は、
雲海の写真とともにネットで拡散していきました。

09年ごろから旅行会社が竹田城跡のツアーを組み始め、
(このツアーも、その一つ)
観光客は年々増加。

13、14年度は2年連続50万人を突破し、
15年度も約42万人。
1日1150人
推計2万人だった10年前からは考えられないほどになりました。

「天空の城」「日本のマチュピチュ」という命名も、
ブームに拍車をかけたようです。

他にこんな写真も。

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このような雲海を見ることが出来るのは、
反対側の朝来山の中腹にある立雲峡。
竹田城と同じ高さの写真が撮れます。
雲海が出るかどうかは、運次第。

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ここから城跡に。

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登って行くと、

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石垣が見えてきました。

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安土城や姫路城と同じ
穴太(あのう)積による石垣です。

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飛行機雲が石垣によく映えます。

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まず、大手門から。

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城内は見学のためによく整備されています。

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地面が黒い不織布で覆われているのは、
歩きやすくするためと、
土砂の流出を防ぐため。

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北千畳は広いスペース。

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ここには、不織布はありません。

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こんな掲示も。

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この後、三の丸、二の丸と続きます。

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竹田城の基礎を作ったのは、
室町時代の武将で、
応仁の乱の西軍の総大将・山名持豊(やまなもちとよ)。

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嘉吉元年(1441年)の嘉吉の乱勃発時に、
対立していた赤松氏に対する最前線基地の一つとして、
嘉吉3年(1443年)に誕生した。
以来、大田垣氏が7代にわたって城主となりました。

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羽柴秀吉の但馬征伐による落城後、
最後の城主となる赤松広秀が
現在の豪壮な石積みの城郭を整備したといわれています。

天守のあった本丸が見えてきました。

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大きな直方体の石の
長辺と短辺を交互に組み合わせた「算木積み」(さんぎつみ)。
強度を増すための構造です。

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ここを登ったところが天守のあった場所。

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ここです。

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当時の予想図。

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建物はありましたが、
木造だったため、今は全部消失しています。
スリランカのシギリヤ・ロックみたいですね。

城主が住んだわけではなく、
他の所に居所はありました。
あくまで戦闘のための城。
実際に戦闘に使われたことはありませんでしたが。

↓全体図。

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東西約100m、南北約400m
標高353.7mの古城山の山頂にあります。
虎が臥せているように見えることから、
別名「虎臥城」(とらふすじょう・こがじょう)とも呼ばれます。

やはり、高い場所なので、見晴らしがいい。

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城の他の場所もよく見えます。

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「日本のマチュピチュ」の景観をご覧下さい。

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降りるのは、別の通路で。

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駐車場まで降りる途中、この階段を登ると、

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こんな門もあります。

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下から見た竹田城跡。

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新緑の時期になると
「麓や登山道から石垣が見えづらい」という声が
住民や観光客から相次いでいます。
石垣を取り巻く樹木が育ちすぎ、
生い茂った枝葉が遠望を遮りつつあるためです。
夜は、石垣をせっかくライトアップしても、
町中から眺めると手前の木々が邪魔をして見えにくいのです。
「このまま放っておけば、やがて石垣が見えなくなってしまう」
と心配する人もいます。

ところが、これらの木々を簡単には切れない事情があるといいます。
山の大部分は私有地で、地権者は142人。
土地の境界が曖昧で、すでに地元にいない所有者も多い上、
相続未登記の問題も絡むからです。

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観光地には観光地なりの悩みがあるようです。






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