小説『両国大相撲殺人事件』  書籍関係

[書籍紹介] 

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「大相撲殺人事件」という本を借りようとして、
図書館の蔵書検索をして、ひっかかって来た作品。
「大相撲殺人事件」の方は、
紹介するに値しない本だったが、
こちらは、紹介。
                 
風野真知雄(かぜの・まちお)による「耳袋秘帖」シリーズの1作。
「耳袋」とは、
根岸肥前守鎮衛(ねぎし・ひぜんのかみ・やすもり 1737 〜 1815 )が著した
珍談・奇談を集めた随筆。
根岸鎮衛は南町奉行を18年間務め、
下情に通じ、刺青の噂もあり、
刺青奉行と呼ばれたのは、遠山金四郎より先。

本作は、有望な若手力士が殺害され、
殺しの手口が鉄砲、かんぬき、張手という雷電の得意技で、
雷電の着物に似た大男が目撃され、
雷電の下駄が残されていたことから、
大関・雷電為右衛門(らいでん・ためえもん)に嫌疑がかけられる。

この殺人事件を軸に、
ある旗本当主のろくろ首事件、
長屋の軒下にどくろが連続してさらされる事件、
才気走った男による「機嫌が良くなる薬」事件などがからむ。

これらの事件に対して、
根岸は部下の坂巻弥三郎や
同心の栗田次郎左衛門らを使って探索をする姿を描く。
元老中・松平定信(まつだいら・さだのぶ)も登場する。

背景に相撲取り召し抱えを巡る
出雲松江藩と肥後熊本藩との確執がある。

そして、熊本藩から放逐されて、
帰藩を切望する3人の浪人が重要な役割を演ずる。

ただ、殺人事件の犯人が冒頭で明らかにされており、
雷電の無実が最初から判明しているのは、
少々興をそぐ作りだ。
殺人の動機を巡っては、同情の余地があるが、
結末は哀しい。

両国橋の由来は、
武蔵の国と下総の国の二つの国を結んだから、
とか、
横綱の免許は吉田司家の権限で、
この慣習は明治以降になっても続き、
昭和も戦後になってから初めて
相撲協会が免許を与えることになった、
とか、
雷電がなぜ横綱を張れなかったか、
とか、
荒くれ者たちがする怪しげな相撲が、
十一代将軍・家斉の江戸城での上覧相撲によって、
将軍さえ鑑賞する健全な興行として認められるようになった、
とか、
知らなかった知識を与えてくれた。

ミステリーとしての味わいは希薄だが、
江戸時代の庶民文化や武家社会のしきたりなど、
時代小説を読む楽しみはある一篇。

根岸が怪異談を好きなことについての記述。

人にしても事物にしても、
その背後には膨大な謎や闇や、闇のような光などがあり、
目に見えているものなんぞは、
ほんの皮一枚のことである。
人間は見えているようなつもりでいても、
じつは何も見えていない。
いわゆる妖(あや)かしは、
その見えないものに素朴なかたちをつけただけなのだ。
だから、根岸は妖かしにまつわる話が大好きなのである。


終わり近く、
天明3年(1783)の浅間山の噴火の被害を確かめる任務のため、
根岸が赴いた時に、
若き日の雷電と会っていた話は、
物語に奥行きを与えている。


映画『MIFUNE:THE LAST SAMURAI』  映画関係

[映画紹介]

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日本映画で最も偉大な俳優は誰?
と問われたなら、
躊躇なく、三船敏郎の名前を上げることができる。
中村錦之助でも石原裕次郎でも勝新太郎でもなく、
ましてや役所広司でもなく、
やはり、三船敏郎の名前が燦然と輝いている。

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その俳優・三船敏郎に迫るドキュメンタリー。
2016年製作の映画だが、
ヴェネツィア国際映画祭、ロンドン映画祭、
京都国際映画祭などでは上映されたものの、
なぜか日本での一般公開は今年の5月となった。

映画の萌芽期のチャンバラ映画からときほぐし、
日本映画の黄金時代の黒澤明作品を主に取り上げ、
関係者へのインタビューで綴る。

インタビューで登場するのは、
香川京子、司葉子、八千草薫、二木てるみ、

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土屋嘉男、加藤武、夏木陽介、中島春雄ら俳優陣と、
野上照子(スクリプター)、宇仁貫三(殺陣師)、
中島貞夫(映画監督)、明石渉(プロデューサー)、
佐藤忠男(映画評論家)らに加え、
ご子息である三船史郎、黒澤明の子息である黒澤久雄
そして、スティーヴン・スピルバーグマーティン・スコセッシという

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超豪華メンバー。

採録された映像は、
「羅生門」(1950)、

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「七人の侍」(1954)、
「蜘蛛巣城」(1957)、
「用心棒」(1961)、
「赤ひげ」(1965)
の黒澤作品と、
稲垣浩監督による宮本武蔵三部作(1954〜1956)。

家にはブルーレイがあり、いつでも観ることができるが、
映画館のスクリーンで再度観ると、
三船敏郎の卓越した存在感が光るのが分かる。
しかも、哀愁があり、色気がある。
他のどんな俳優も真似することの出来ない、
この人だけの演技に驚嘆する。

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映像に現代ものを入れず、時代劇に特定したのも、
「LAST SAMURAI」というサブタイトルに意図がある。
三船が演じたのは、日本人そのものであり、
言ってみれば、日本人の魂を演じたかったからなのだ。

その他の現代劇は写真のみで示され、
日常を撮った写真も多く採録されているが、
それらの中に、初めて観るような貴重な写真が沢山あった。
そもそも、私は
三船敏郎は中国から復員して来た人だと思い違いをしていたが、
内地で兵役につき、
戦争末期には熊本の隈之庄の特攻隊基地に配属され、
(父親の写真館を手伝った技術があることから、
出撃前の隊員の遺影を撮る仕事に従事し、)
少年兵の教育係も任され、
翌日出陣する少年兵にはスキヤキを作って食べさせ、
その少年兵に向かって、
最後のときは恥ずかしくないから
「お母ちゃん」と叫べと言っていたという、
初めて聞く話も語られる。(三船史郎氏の話)

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黒澤明との運命的な出会いで、
あの口うるさい黒澤監督が
三船敏郎に対してだけは演技指導をせず、
自由に任せていた、
という、三船敏郎に対する信頼関係の証言も出る。

「静かなる決闘」「野良犬」(1949)、
「醜聞(スキャンダル)」「羅生門」(1950)、
「白痴」(1951)
「七人の侍」(1954)
「生きものの記録」(1955)、
「蜘蛛巣城」「どん底」(1957)、
「隠し砦の三悪人」(1958)、
「悪い奴ほどよく眠る」(1960)、
「用心棒」(1961)、[ヴェネチア映画祭主演男優賞受賞]

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「椿三十郎」(1962)、

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「天国と地獄」(1963)、
「赤ひげ」(1965)[ヴェネチア映画祭主演男優賞受賞]

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という作品群は、
日本映画史に燦然として輝いている。

「黒澤なくして三船なく、三船なくして黒澤なし」
と言われるように、
日本映画の幸福な時代、
二人の天才的映画人が出逢って作り上げた作品たちだ。

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「赤ひげ」を最後に三船敏郎と仕事を共にすることがなくなった
黒澤監督は精彩を欠き、
三船敏郎も創設した三船プロの維持のために神経をすり減らした。
やがて、離婚騒動に巻き込まれ、スキャンダルまみれになる。

認知症の症状も出て、
最後の日々は、セリフが覚えられず、
カメラの脇にカンペを持って立ったという、ご子息の証言が哀しい。

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しかし、映画は不滅だ。
フィルムとして残り、
今ではDVDやBDで家庭に保管されている。
「七人の侍」、「用心棒」、「椿三十郎」、「天国と地獄」、「赤ひげ」は、
我が家でもことあるごとにテレビの画面に登場する。

私の映画史においても、
中学から高校にかけて、
リアルタイムに観た、
黒澤・三船の映画たちとの出会いは、
黄金時代のように輝いている。

いつも、「今の映画が一番面白い」と公言して、
過去へのこだわりは排している私だが、
これらの作品だけは、
今も私の中に深く存在している。

そうしたことを思い出させてくれるドキュメンタリーであった。

「隠し砦の三悪人」について、
「この作品がなければ、
『スター・ウォーズ』も、
ライトセーバーもなかった」
という解説も嬉しい。

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監督は「ヒロシマナガサキ」などのスティーヴン・オカザキ

5段階評価の「4」

予告編は↓をクリック。

https://youtu.be/SUY1ugXUIWI


三船敏郎についてのWikipedia の記述は、↓をクリック。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%88%B9%E6%95%8F%E9%83%8E

読んでもらえば、
いかに三船敏郎が偉大な俳優だったかが、よく分かるだろう。

三船敏郎の出演作品一覧は、↓をクリック。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%88%B9%E6%95%8F%E9%83%8E%E3%81%AE%E5%87%BA%E6%BC%94%E4%BD%9C%E5%93%81

タグ: 映画

出雲の旅・その1・倉敷美観地区  旅行関係

昨日夕刻、
家族旅行から戻りました。

倉敷美観地区・出雲大社・足立美術館・
鳥取砂丘・竹田城跡・天橋立
と訪問した6カ所全て、
予想を越えた充実した旅でした。

訪問地を列挙しては長くなるので、
今回の旅は「出雲の旅」と称することにします。

では、早速旅行記を始めましょう。

国内旅行ですから、
当然、起点は羽田
1年8カ月ぶり。

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岡山便は満席です。

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座席の配置は3・3。

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機内販売で、

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カミさんが、この時計を気に入ってしまい、
少し遅れた誕生祝いに娘と私からプレゼント。

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今、JALでは「ご当地シール」というのをやっており、
キャビン・アテンダントに求めると、
その出身地のシールをもらえます。

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岡山空港には、1時間で到着。

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出迎えたバスは、このど派手なバス。

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地元のバス会社ですが、
トラピックス仕様。
1カ月前に塗装したそうです。

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豚の鼻をした虎。
つまり、トラ+ピッグ(豚)で、トラピックス。

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サービスエリアでは、このとおりで、
間違えようがありません。

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最小催行人数30名のところ、
参加者は42名

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↓のような景色を観ながら、倉敷へ。

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1時間ほどで着きました。

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倉敷美観地区へ。

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江戸時代初期の寛永19年(1642年)、
江戸幕府の天領に定められた際に
倉敷代官所が当地区に設けられ、
以来備中国南部の物資の集散地として発展した歴史を持ちます。

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倉敷川の畔から鶴形山南側の街道一帯に
白壁なまこ壁の屋敷や蔵が並び、
天領時代の町並みをよく残しています。

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1969年に倉敷市の条例に基づき美観地区に定められ、
1979年に県内2件目の
重要伝統的建造物群保存地区として選定されました。

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倉敷川は川舟が浮かび、
時間が止まったようです。

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白鳥が羽を休めます。

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こんなお店もあります。
メンチカツがうまかった。

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最近、どこでも見かける人力車。

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火の見櫓?

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備前焼ギャラリー。

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中には、備前焼が売られています。

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2階には喫茶室があり、

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備前焼でコーヒーが飲めます。

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私はかき氷。

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商店が並びます。

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倉敷の児島は、「日本のジーンズの都」と言われています。

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この店は車屋ではなく、
マスキングテープのお店。

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倉敷はマスキングテープの発祥の地なのだそうです。

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遠くにお墓が見えるのもシュールな光景。

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ここで折り返し。

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倉敷川沿いに

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沢山のお店が並びます。

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デニムの店。

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なんでもデニム。

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その奥にある星野仙一記念館

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修学旅行生が楽しそう。

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出発点に戻りました。

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倉敷といえば、大原美術館ですが、

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残念ながら、時間切れで訪問出来ませんでした。

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大原美術館は、
倉敷の実業家大原孫三郎(1880年〜1943年)が、
自身がパトロンとして援助していた
洋画家児島虎次郎に託して収集した
西洋美術、エジプト・中近東美術、中国美術などを展示するため、
1930年に開館。
西洋美術、近代美術を展示する美術館としては
日本最初のものです。
日本に美術館というもの自体が
数えるほどしか存在しなかった昭和初期、
一地方都市にすぎなかった倉敷に
このような美術館が開館したのは画期的なことでした。
ちなみに、ニューヨーク近代美術館の開館が1929年。
ただ、開館当初は一日の来館者ゼロという日もあったそうです。

エル・グレコの「受胎告知」

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ルノアールの「泉による女」

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ゴーギャンの「かぐわしき大地」など、

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充実ぶりは素晴らしく、
時間が足りなかったのが惜しまれます。

前まで行って、

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ロダンの彫刻「カレーの市民」

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「洗礼者ヨハネ」を無料で鑑賞。

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隣にあるカフェの名前は「エル・グレコ」。

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その隣にはミュージアム・ショップが。

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帰り道、新渓園の斜め前の

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この店で

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添乗員さんおススメのこれを

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いただきました。

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こんな景色を観ながら、
中国地方を縦断。

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蒜山(ひるぜん)サービスエリア

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サービスエリアは日本の文化です。

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ここから見る大山(だいせん)。

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再び景色を楽しみながら、

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2時間ほどで玉造温泉に着きました。

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続きは、また今度。


出雲大社・竹田城跡・天橋立の旅  旅行関係

3月に続き、再び「飛び」ます。

今度は3人家族で国内旅行

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まず、羽田から岡山に飛び、
倉敷美観地区を観た後、
中国地方を縦断して、
玉造温泉で一泊。

出雲大社、足立美術館、鳥取砂丘を巡った後、
神鍋高原で一泊。

竹田城跡、天橋立を訪れた後、
伊丹空港から羽田へ。

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岡山県、島根県、兵庫県、京都府、大阪府と
5県をバスで移動の3日間

猫がいるので、家族旅行で限度の2泊3日。
行ってまいります。


METライブビューイング『ルイザ・ミラー』  オペラ関係

今日は、雨の銀座へ。

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METライブビューイングを観るためですが、

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その前の所用が長引いて、遅刻。
その上、新橋から乗った都営線が
特別快速で、東銀座、宝町に止まらず、
日本橋まで連れて行かれ、
各駅停車で2つ戻って東銀座へ行き、東劇へ。
予約チケットの機械では、
開映後は受け付けてもらえず、
入り口へ。
1幕目が終わるまでは、後方の席に止め置かれ、
休憩になって初めて自分の席へ。
以前、開演時間に遅れた東京文化会館のオペラで、
同じ経験をしたことがありました。
映画なのに、オペラ並。

今日の演目は、
ヴェルディ「ルイザ・ミラー」

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ヴェルディ14番目のオペラで、
中期の充実を示す最初の作品と言われています。
この後、「ナブッコ」「リゴレット」「トロヴァトーレ」「椿姫」
とヒット作を連発します。

フリードリヒ・フォン・シラーの戯曲「たくらみと恋」を原作とし、
サルヴァトーレ・カンマラーノの台本で、
1849年12月8日、ナポリのサン・カルロ劇場で初演。

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世紀前半のチロル。
退役軍人ミラーの娘ルイザは、
相手の正体を知らぬまま、
領主ヴァルター伯爵の息子ロドルフォと恋に落ちていた。

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息子の地位を万全にしたい伯爵は、
ロドルフォを裕福な未亡人フェデリーカと結婚させようとするが、
恋人ルイザの存在を打ち明けられ、
怒った伯爵はルイザを侮辱し、
刃向かったルイザの父ミラーは投獄される。

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ルイザに横恋慕する伯爵の腹心ヴルムは、
ミラーを助けたいなら、
愛していないという手紙をロドルフォに書けとルイザに迫る。
泣く泣く従ったルイザだが、
彼女の心を誤解したロドルフォは、
彼女に毒を飲ませ、自分も飲む。
死の直前に真実を彼女の口から聞いたロドルフォは、
全ての元凶であるヴルムを刺し殺し、
伯爵に「あなたの罪だ」と言って倒れ込む。

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という、オペラらしい、
作ったような話。

それが、ヴェルディの音楽が付くと、
俄然ドラマチックな舞台になります。
本当に、ヴェルディ、好きです。

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しかし、ロドルフォは間抜けだね。
私は、「椿姫」のアルフレードとオテロとトスカを
「オペラの三大マヌケ」と呼んでいますが、
もう一人付け加えたくなるようなロドルフォ。

指揮は、予定されていたジェイムズ・レヴァインはやはり出ず、
ベルトラン・ド・ビリー
ヴェルディが合ってるみたい。
演出はエライジャ・モシンスキー

ルイザ・ミラーはソニア・ヨンチェヴァ

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ロドルフォはピョートル・ベチャワ

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ルイザの父はプラシド・ドミンゴ
バリトンの声域で演じます。

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リハーサル映像は、↓をクリック。

https://youtu.be/SYVCna6pbbw

https://youtu.be/mo6lJt9bUIg

来シーズンのライブビューイングのスケジュールが発表されました。

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新演出が3本、MET初演が1本。

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MET初演の「マーニー」は、
ウィンストン・グレアムの原作で、
ヒッチコックによって映画化されたことがあります。





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